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シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

罪人

いのちに至る悔い改め



テーマは「 いのちに至る悔い改め 」です


【第2テモテ2章25節】

反対する人たちを柔和な心で訓戒しなさい。もしかすると、神は彼らに悔い改めの心を与えて真理を悟らせてくださるでしょう。

親が子どもをしつける理由は、子どもが間違ったことをした時に正すためです。

間違った行動を直さず、そのままにすると、きっと悪い道に進んでいきます。



神様が私たちに悔い改めなさいと言われるのは、すでに私たちが間違った道を歩んでいるからです。

そこから立ち返るのが悔い改めです。


放蕩息子のたとえで、放蕩に走った弟がどのように悔い改めたかをイエス様は教えて下さいました。



悔い改めは罪に死に、義に対して生きることです。

罪によって自分の人生が駄目になったことを知って、罪を憎み、善と義を愛するようになった人は悔い改めた人です。


神様が一番喜ぶのは、罪人が悔い改めて、神様に立ち返ることです。



口先だけで『悪かったです』と済ませるのは悔い改めではないし、永遠のいのちもないです。


心からの悔い改めには、それにふさわしい実があります。



うわべだけの悔い改めをした者にこう言いました。


『しかし、パリサイ人やサドカイ人が大ぜいバプテスマを受けに来るのを見たとき、ヨハネは彼らに言った。

『まむしのすえたち。だれが必ず来る御怒りをのがれるように教えたのか。それなら、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。』



いのちに至る悔い改めは救いの恵みです。

いのちに至る悔い改めをした者が罪を悲しみ、罪から離れ、主に立ち返り、主に従順する人生を送ります。


2022.9.4
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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十字架、救いの道



テーマは「 十字架、救いの道 」です


【ヨハネの福音書3章14-21節】

モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。

それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。

そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行いが悪かったからである。

悪いことをする者は光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。

しかし、真理を行う者は、光のほうに来る。その行いが神にあってなされたことが明らかにされるためである。


神様は人間を創造した時に、自由意思を与えました。

自由はとても良いものですし、神様はそれを正しく使うことを願ったと思います。


しかし神が与えた自由意思を 人間は神のことばに逆らうことに使いました。

それは神様を失望させ、悲しませました。


そして人間側には悲劇的な結果をもたらしました。

罪によって汚れ、神との関係も壊れ、死と呪いが世界に入りました。



しかし神様は人間をあきらめずに、捨てずに、救われる道を計画しました。


それが御子キリストです。

御子キリストは十字架によって救いの道を作りました。


そして神様は ここでも人間が自分の自由意思で選ぶようにしました。



闇の世界に光として来られましたので、人々は自分の自由意思で「光」か「闇」かを選ばないといけないです。


主は救いとして、真理として、そして罪の問題を解決する方としてイエス様は来て下さいました。


罪人のために十字架にかかったイエス様を見上げ、イエス様を信じる者は救われます。


【使徒の働き4章12節】

この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。」

2022.8.7
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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十字架に自分をつける



テーマは「 十字架に自分をつける 」です


【ガラテヤ6章14節】

しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。


イエス・キリストの十字架は、罪人のための十字架でした。


全人類が罪人ですから、全人類を贖うために罪のない方が十字架につけられました。

主は十字架の死の意味をこのように話して下さいました。



【ヨハネの福音書3章14-15節】

モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。

それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」


主は 最初から十字架にかかることの意味を知って 十字架にかかりました。


私たち信じる者は、その意味を知って主を信じました。



信じた者はそれから十字架と どのように関わりながら生きるべきでしょうか?


自分の人生に十字架はどういう意味があるのか、その十字架とどのような関係を持つのかを常に考えることです。


イエス様から言われたことばです。

『誰でもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。』



信じる者は、主が負わせた使命の十字架を負って ついて行かないといけないです。


その十字架を負ってついて行きたいならば、自分を捨てなければついて行くことが出来ないです。


どのように自分を捨てることが出来るでしょうか。

ここにも十字架が出てきます。



【ガラテヤ2章20節】

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。


キリストが自分の使命を果たすために十字架で死なれたように、私たちも古い人を十字架で死なせないと使命を果たすことは出来ないです。


また本文にもあるように、自分が今まで持っていた世の価値観や世の誇りなどをすべて十字架につけることです。



パウロは自分が誇りとしていたものを すべて「ちりあくた」と思って捨てました。

キリストの十字架を誇るために そのようにしました。


私たちも主の十字架の恵みの中で生きるために、主と共に十字架につけられ、主と共に生きることです。



【第1コリント1章18節】

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

2022.5.22
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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聖霊が支配する心



テーマは「 聖霊が支配する心 」です


【エゼキエル書36章25-27節】

わたしがきよい水をあなたがたの上に振りかけるそのとき、あなたがたはすべての汚れからきよめられる。わたしはすべての偶像の汚れからあなたがたをきよめ、

あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。

わたしの霊をあなたがたのうちに授け、わたしのおきてに従って歩ませ、わたしの定めを守り行わせる。

罪を犯した人間をみな滅ぼして、新しい人間を創造することが神にとって簡単なことなのに、神はその方法を選ばず、罪人たちを新しい者に変える方法を選びました。


そのために、神はひとり子イエス様を十字架につけるという大きな犠牲を払いました。


神は汚れた人間を洗い、新しい心を与え、それに神の霊を与えて、神のことばに従う者にすると計画しました。

罪人にとっては回復と祝福を受ける大きなチャンスです。


しかしすべての者がこれによって新しくなったでしょうか?



主が『種を蒔くたとえ』を通して、新しく変わる者と変わらない者がいることを教えました。


道端の心を持つ者は心が頑ななので、神のことばを聞いても、心を開いて神のことばを受け入れないので、新しい心になることも変わることもないです。

その心は罪と古い人間がいつまでも支配しています。



薄い岩地の心は感情に支配されてあります。


恵みのことばを聞いた時は心が熱くなって喜びますが、心が冷めると元通りになります。


感情に心が支配されている人は、波のようにいつも心が揺れ動くので新しく変わることが難しいです。



いばらの心は理性が心を支配しています。


本人は自分を慎重な人間だと思うかも知れませんが、神に頼るよりは、自分の理性に頼ることが多いので心配と不安が絶えないです。


口では「主よ、主よ」と呼びますが、主に頼らず、自分の考えや思いのままに生きています。

ですから変わることが難しいです。



しかし良い地の心を持っている人は、石の心ではなく、聖霊が支配する心なので、新しく生まれ変わっています。


この人たちはいつも聖霊を求め、聖霊に満たされ、また導きを受けているので、多くの良いわざに励み、御霊の実を結びます。


神はこのような人を神の民と呼び、その人たちの神になります。



聖霊が支配する心こそ神が求める心なので、その心を共に目指していきたいと思います。


2021.8.22
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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悲しい人の話



テーマは「 悲しい人の話 」です


【マルコの福音書14章64-71節】

あなたがたは、神をけがすこのことばを聞いたのです。どう考えますか。」すると、彼らは全員で、イエスには死刑に当たる罪があると決めた。

そうして、ある人々は、イエスにつばきをかけ、御顔をおおい、こぶしでなぐりつけ。「言い当ててみろ」などと言ったりし始めた。また、役人たちは、イエスを受け取って、平手で打った。

ペテロが下の庭にいると、大祭司の女中のひとりが来て、

ペテロが火にあたっているのを見かけ、彼をじっと見つめて、言った。「あなたも、あのナザレ人、あのイエスといっしょにいましたね。」

しかし、ペテロはそれを打ち消して、「何を言っているのか、わからない。見当もつかない」と言って、出口のほうへと出て行った。

すると女中は、ペテロを見て、そばに立っていた人たちに、また、「この人はあの仲間です」と言いだした。

しかし、ペテロは再び打ち消した。しばらくすると、そばに立っていたその人たちが、またペテロに言った。「確かに、あなたはあの仲間だ。ガリラヤ人なのだから。」

しかし、彼はのろいをかけて誓い始め、「私は、あなたがたの話しているその人を知りません」と言った。


イエス・キリストが私たち罪人のために受けた苦しみは相当な苦しみです。


霊的、精神的、肉体的苦しみをすべて受けました。

人間的な目で見ると、イエス様の一生はとても悲しい人生でした。


神が人となって汚れた地に生まれた瞬間から 苦しく悲しい人生が始まりました。


公の場に出てくるまでの30年間も苦労だらけの人生でしたし、公での活動を始めてからはさらに苦しいこと、悲しいこと、霊的戦いが増えました。



救い主として罪人たちを救うために来られましたが、人々はそれに関心がなく、自分たちの個人的な問題だけを解決してもらうために主の所に集まって来ました。


彼らを見る主の心には悲しみ、苦しみ、あわれみがいっぱいあったと思います。


主の心を知る者がいないことも主の悲しみでした。

誰が果たして主の心を知っていたでしょうか。



悲しみの主の姿がこのように預言されてありました。


【イザヤ書53章2-3節】

彼は主の前に若枝のように芽ばえ、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。

彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。

イエス様の姿はその通りの姿でした。


うわべを見る人の目はイエス様に満足しませんでした。

ですから慕うことも尊ぶこともなく、さげすみ、のけ者にしました。

イエス様に対する人々の冷たい仕打ちは ますますひどくなっていきました。



それを煽る者は宗教指導者たちでした。

これがさらに主の悲しみになりました。


悪が正義に勝つ世界、罪人が義人を裁く世界、人間が神を踏みにじり裁く世界を見る主の心は悲しみにあふれていたと思います。



無罪なのに死刑にされ、汚れた悪人たちからつばきをかけられ、なぐられ、平手で打たれ、愛する弟子たちは自分のことをのろいながら「知らない」と言い切る姿を見て、主の悲しい心はつぶれそうになったと思います。


怒りが頂点に達すると頭が爆発しそうになりますが、悲しみが頂点に達すると心がつぶれそうになります。


主は怒りではなく、悲しみで心がつぶれそうになったと思います。

ですから主の事を悲しみの人と言われました。


主はご自身の事よりは、人間の罪深い姿が一番悲しかったと思います。


【エペソ4章30節】

神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。

2020.4.5
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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