テーマは「 模範的な教会 」です


【第1テサロニケ1章3-10節】

絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています。

神に愛されている兄弟たち。あなたがたが神に選ばれた者であることは私たちが知っています。

なぜなら、私たちの福音があなたがたに伝えられたのは、ことばだけによったのではなく、力と聖霊と強い確信とによったからです。また、私たちがあなたがたのところで、あなたがたのために、どのようにふるまったかは、あなたがたが知っています。

あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、私たちと主とにならう者になりました。

こうして、あなたがたは、マケドニヤとアカヤとのすべての信者の模範になったのです。

主のことばが、あなたがたのところから出てマケドニヤとアカヤに響き渡っただけでなく、神に対するあなたがたの信仰はあらゆる所に伝わっているので、私たちは何も言わなくてよいほどです。

私たちがどのようにあなたがたに受け入れられたか、また、あなたがたがどのように偶像から神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになり、

また、神が死者の中からよみがえらせなさった御子、すなわち、やがて来る御怒りから私たちを救い出してくださるイエスが天から来られるのを待ち望むようになったか、それらのことは他の人々が言い広めているのです。

神に栄光をささげる教会もあれば、死んだような教会もあります。


神に栄光をささげる教会は、模範的な教会で 主に喜ばれます。

すべての教会は、模範的な教会の良い部分を見習うことです。


テサロニケにある教会は模範的な教会でしたので、その教会がどんな良い教会であったかを見ます。



その教会には まず信仰の働き、愛の労苦、望みの忍耐がありました。

信仰による礼拝と奉仕がありました。



どのようなことでも信仰によるものを主は喜んで下さいます。

そして愛の労苦がありました。


愛は 義務感からではなく、心から仕える姿です。

愛の労苦は犠牲を惜しまないです。


計算高い人には愛がありません。

損得勘定だけがあります。



激しい迫害の中でも主に対する望みを持って忍耐しました。


当時の信仰生活は、初めから忍耐を覚悟しないと不可能でした。


最初から主のように、自分の十字架を負って主に従わないといけなかったですが、彼らは自分の十字架を負って主に従いました。



偶像から離れ、神に仕え、主の再臨を待ち望んだ教会でした。


生ぬるくて、この世と妥協する教会は 堕落した教会です。

神はそのような教会を悲しみます。


主が喜ばれる教会を私たちは目指さないといけないです。


2020.11.22
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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