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シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

行動

神の正しい裁き



テーマは「 神の正しい裁き 」です


【ローマ2章1-3節】

ですから、すべて他人をさばく人よ。あなたに弁解の余地はありません。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めています。さばくあなたが、それと同じことを行っているからです。

私たちは、そのようなことを行っている人々に下る神のさばきが正しいことを知っています。

そのようなことをしている人々をさばきながら、自分で同じことをしている人よ。あなたは、自分は神のさばきを免れるのだとでも思っているのですか。

神は一度も他人をさばく権威を人間に与えたことはありません。

クリスチャンにもこの権威を与えられていないです。


神がクリスチャンに与えた権威は「汚れた霊どもを制する権威」です。

自分に授けられた権威は正しく使わなければなりません。



しかし神の権威を勝手に自分の権威のように使うならば、それは主の権威に逆らうことです。


正しく裁く神がいないならば、誰かが裁かないといけないですが、正しく裁く神がいるので、裁きは神に任せなければなりません。


神の裁きはどのように行われるでしょうか。




神は真理に従ってさばきます




この真理は時代が変わっても変わることがありません。

基準が変わることもありません。


真理はすべてを明るみに出すので、ごまかすことも隠すことも偽ることも出来ません。


真理の霊である神の目から逃れることは出来ないです。

神は真理をもって裁くのでその裁きは正しいです。




神は行った通りにさばきます




人間の行動は良し悪しに関係なく、すべて神の書物に書かれてあります。

神はそれに基づいて正しくさばきます。


【ヨハネの黙示録20章12節】

死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、自分の行いに応じてさばかれた。

バレていない罪があることで安心してはいけないです。

神は裁きの日が来るまではそのままにしておきます。


しかし、裁きの時には免れることなく裁かれます。




神は私たちの良心に従ってさばきます




良心が麻痺された人は罪に対しての自覚がないです。

悪を悪とも思わず悪を行います。



麻痺されたので裁きを逃れることがあるでしょうか?

そんなことはないです。

彼らは良心がないのではなく、良心の声を無視しているだけです。


しかし良心は、まるで監視カメラのようにその人の行いを記録してあります。

裁きの時に良心はその人の罪を告白するでしょう。


自分の味方にはならず、自分を裁く者になります。



すべての人間は神の裁きの座にいつか必ず立ちます。


自分も裁かれる立場にいるので、恐れる心をもって他人をさばくのではなく、神の正しい裁きに任せ、自分も罪を悔い改めて罪を赦してもらいましょう。


2018.10.21
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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もし愛がないならば



テーマは「 もし愛がないならば 」です


◎基調聖句 コリント人への手紙第一 13章1~3節

◎関連聖句 コリント人への手紙第一 12章31節

たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。 また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。 また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。(Ⅰコリント13:1~3)

【 要 旨 】

キリスト教の教理の中心は十字架です。
それは、愛なしには存在しえないものです。

愛があるか否かは本人だけしか分かりません。


問題なのは、愛に対して、自分もそうなりたいという思いが少ないことにあります。

愛という心よりも、形あるものを求める気持ちが、大きいからです。

愛がなければ、自分には何の値打もないと思うべきです。

パリサイ人のようであってはいけません。


イエス様の愛は、神の栄光のための愛です。

それに反してイスカリオテ・ユダは、守銭奴であるため、人をねたみ、また、自分中心の愛の中にふけっているのです。


それは神の愛が、自分にどう反映されているかを、考えないためでもあります。

神の中の愛がなく、高慢になっていないかどうか、今一度、神に似たような者にして下さるよう祈らねばなりません。


私たちはイエス様がなさったように、愛の中を歩まねばなりませんが、それは自分を愛するように隣人も愛するという心がけが大切です。


孤独で孤立していたのでは、神様に喜んでもらえません。

それを直すためには、神の命令を守り、神に近づくという行動をとることです。


愛ある者は、愛で行動します。

神の存在に気付くこと、友のために命を捨てること、そのことに私たちは最大限の関心を持ちたいものです。

2016.4.10
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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アブラハムが祝福された理由



テーマは「 アブラハムが祝福された理由 」です


◎基調聖句 創世記12:1、申命記28:1~14、ヤコブ1:6~8

こう言われました。「わたしは必ずあなたを祝福し、あなたを大いにふやす。」 こうして、アブラハムは、忍耐の末に、約束のものを得ました。(へブル6:14~15)

【 要 旨 】

神は誰にでも祝福したいと願っている。

約束の言葉に聞き従うならば、必ずその祝福を与える。


私たちはアブラハムのような、神の言葉に絶対従順な、祝福してもらった人の姿を見ることが大切である。

たとえ、神の計画を何も知らなくても絶対に従うことは、神の権威を認めることで、神を恐れ、信頼することになる。


アブラハムは、イサクを捧げよと言われても服従した。

百人隊長は、イエスにその権威を認めただけで、その姿勢を誉めた。


申命記28:1では

もし、あなたが、あなたの神、主の御声によく聞き従い、私が、きょう、あなたに命じる主のすべての命令を守り行うなら、あなたの神、主は、地のすべての国々の上にあなたを高くあげられよう、
と記されている。


ヤコブ1:6~8には

少しも疑わずに、信じて願いなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。そういう人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。そういうのは二心のある人で、その歩む道すべてに安定を欠いた人です。
と手厳しい。


すべては神のものであり、神は公平なお方である。

忍耐を持って神を待つ、これが信仰である。


アブラハムは、自分のものは何もないと言われた。

従順、行動、忍耐、これがまことの信仰であることを肝に命じよう。


2016.2.14
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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自分の信仰のために



テーマは「 自分の信仰のために 」です


◎基調聖句 ピリピ人への手紙 4章8節

すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、 すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。(ピリピ4:8)

【 要 旨 】

目が見えない人がいた。その人は明るいし何でもできて、見える人と同じように生活ができていた。

その人は全身を使って何でも自由に行った。
洗濯物もきれいにこなした。


人々に目が見えないくせにとか、迷惑をかけているとかの陰口をたたかれたくなかったからである。

この人は努力によって、コンプレックスを乗り越えているのである。

この盲人は、私たちがどのように生きるかを教えている。


ひるがえって、私たちクリスチャンはどのようにあるべきか、生きるべきかを示唆している。

あれでもクリスチャンかとつぶやかれるようでは台無しである。

私たちは神様の御言葉による、生きた信仰に向かって、最大限努力しなければならない。


その努力の順序は、決心する→行動を起こす→神の命令に従う→無条件な忠実、ということになろうか。

もちろん感謝することと、神様の答えが違っているように見えても、最初から最後まで従いますという誓いは大切である。


私たちは、隣人すなわち相手の立場にたって考え、その人たちの意見を尊重し、赦す心を持って接するならば、違うものが見えてくる。

私たちは、自己中心では駄目なのであって、平和をつくり出す努力が肝要なのである。


すなわち神の言葉のように敵を作らないで、すべての人を愛することに徹するべきである。

私たちの心は常に熱くしておいて、霊的信仰が新しく、強く、軟らかくなるように、努めなければならない。

技術を身に着けても、人格をないがしろにしないようにして、強気で、生涯健康に生き、イエス様大好きと日々告白する。

そうすると、青空もそよ風も幸せと思えるようになる。

2014.11.30
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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