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シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

自覚

香油の壺を割った女



テーマは「 香油の壺を割った女 」です


【ルカの福音書7章36-50節】

(37-38節)
すると、その町にひとりの罪深い女がいて、イエスがパリサイ人の家で食卓に着いておられることを知り、香油の入った石膏のつぼを持って来て、

泣きながら、イエスのうしろで御足のそばに立ち、涙で御足をぬらし始め、髪の毛でぬぐい、御足に口づけして、香油を塗った。

町の人々から 罪深い女と呼ばれ、敬遠されていた女性が、なぜイエス様の所に高い香油の壺を持って来て、その香油を惜しまずイエス様に注ぎ、髪の毛でぬぐう行為をしたでしょうか。


何があって、大切な香油を惜しまず主に捧げるようにさせたでしょうか。




主を愛したからです




香油を惜しまず主に注ぐ行為を見たパリサイ人たちは、女の行為を非難しました。

しかしイエス様は彼らを戒めました。


主を愛する心がないならば、自分の大切な財産でもある香油を注ぐことは出来ないからです。


特にイエスの御足に口づけして香油を塗ることは、愛なしに出来る行動ではないからです。




謙遜であったからです




彼女は自分が罪人である自覚を持っていました。

そのままの姿では主の前に立つことも出来ないから、主の後ろに立ち、泣きながら主の御足に口づけし、髪の毛でぬぐいました。


高慢なパリサイ人は自分を義人だと思っていて、主の前でも態度が高慢でした。

主に対して足を洗う水も足に口づけも、香油を塗ることをしませんでした。


しかし女は主の前にへりくだり頭を上げることもしませんでした。




主を愛した女を主は祝福しました




愛から出た彼女の行為、信仰から出た美しい行動に、主は罪の赦しである救いと祝福を与えました。


私たちが持ってある香油の入った壺は何でしょうか?


それを主のために惜しまず注ぐことが出来るでしょうか。


2018.11.18
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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キリストと信徒の関係



テーマは「 キリストと信徒の関係 」です


◎基調聖句 ヨハネの福音書 1章1~14節

初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。 この方は、初めに神とともにおられた。 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。 この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。(ヨハネ1:1~5)
ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。(ヨハネ1:14)

【 要 旨 】

キリストを知れば、神の子となる特権が与えられる。

知らなかったら呪いが来る。


だから私たちにとってはキリストを知ることが、どれ程大切かが分かる。

信仰とはキリストを深く、広く知ることである。


多くのことを知ること、正しい知識を持つことが、我々は罪人としての自覚を促すことに通じる。


イエス・キリストは私たちを罪から贖うために、救い主として来られた。

イエスは私たちの大祭司である。

子羊としていけにえになり、私たちが悔い改めて、罪と死から脱出させてくれるためである。


イエスは天地の始まりからここにいた。

だから、神であると宣言された。

すなわち、永遠の命、全能の主である。


我々、人間にとっては、永遠のいのちである。

我々が正しく生きるための、いのちのパンである。


栄光の神を見ている唯一の方であり、我々の羊飼いである。


イエスは人の子と称し、人間の痛みと苦しみを感じ、知っている。

アブラハムを遣わしたメシヤでもある。

アルファでありオメガである。

すべてのものをひざまずかしている方である。


私たちクリスチャンは、今すぐに、このことを理解しなければならない。

イエスは私たちの先頭に立っている神の子羊である。

イエス・キリストをもっともっと良く知れば神の恵みが、どれほど大きいかを知ることができる。

2016.9.25
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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賜物の有益



テーマは「 賜物の有益 」です


◎基調聖句 コリント人への手紙第一 12章6~7節

◎関連聖句 Ⅱテモテ2:21、ガラテヤ5:22~23

働きにはいろいろの種類がありますが、神はすべての人の中ですべての働きをなさる同じ神です。 しかし、みなの益となるために、おのおのに御霊の現れが与えられているのです。(Ⅰコリント12:6~7)

【 要 旨 】

以後、3回にわたって賜物についての教えについて語る。


賜物は、自分から働きかけるのではなく、聖霊を通して入って来る神の恵み、霊的祝福である。

この賜物を受けることにより、聖徒の信仰生活は大きく変化し、教会は180°チェンジされる。


奉仕の賜物を受けている人と、そうでない人は根本から異なっている。


教会は私たちの身体である。
一つでも欠けると病気になる。不要なものは何もない。


自分自身が教会の身体の一部になければならない。いつまでも子供の状態で留まっていないで、夫々周りの人たちを助け、賜物を持ってお互いに忠実に働くことにより、教会が変わり、自分が変わる。


そして個人生活が変化し、神に用いられたい、清い者になりたいという自覚の思いが強められる。


ガラテヤ5:22~23には、

御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。
と記されている。


賜物を受けると、それを使えば、自分も教会も変えることができる。


使命を持って、賜物を受け取るという自覚は、主に忠実に働き、主に栄光を返すことになる。

2015.7.12
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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