テーマは「 金の子牛と十字架 」です


◎基調聖句 出エジプト記32:1~10、Ⅰコリント1:18~19

◎関連聖句 へブル12:1、使徒4:12、Ⅰペテロ4:17、へブル6:1-6、出エジプト32:31-35、出エジプト33:9-11

民はモーセが山から降りて来るのに手間取っているのを見て、アロンのもとに集まり、彼に言った。「さあ、私たちに先立って行く神を、造ってください。私たちをエジプトの地から連れ上ったあのモーセという者が、どうなったのか、私たちにはわからないから。」(出エジプト32:1)

【 要 旨 】

神の御心(御言葉)にそって祈ることが、我々には最も求められていることである。


歴史は神の計画であり、神のシナリオ通りに動いている。


信仰があっても、祈りがなければ何にもならない。

毎日祈ることが生かされていることである。


まことの神に仕えなければならないのに、金の子牛を拝むのは背教である。

これは罪の奴隷になっている。


モーセはヨシュアと共に40日間神を待ち望み、祈っていたのに、うなじのこわい民は、それが待ちきれなくて、我々が神を作ろうと叫び出した。


時は下って、新約の時代のイエスは、神殿を商売の場にすることをひどく嫌って、追い出し、聖別した。


サドカイ人たちの偽教師は、生長しようとする姿が見られないので、悔い改めて重荷を捨てさせた。


堕落している恵み万能主義を、神は喜ばれないのである。


使徒4:12には

この方以外には、誰によっても救いはありません。
と書かれている。


また、Ⅰペテロ4:17には

裁きは神の教会からはじまる。
とされている。


神は信じない者よりも、偽物に厳しくされる。


出エジプト32:31~35には

わたしに罪を犯した者は、誰であれ、わたしの書物から消し去る。
と恐ろしく、厳しく言われている。


生きた命を常に目指すのは、十字架の道しかない。


私たちはそこで命の冠を得たいものだ。

2017.3.12
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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