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シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

聖書

賜物の活用



テーマは「 賜物の活用 」です


【ローマ12章3節】

私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。

【ローマ12章7-8節】

奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。

勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は喜んでそれをしなさい。

信じる者が自分には何の賜物もないと考えるのは間違えています。

神がおのおのに賜物を分け与えて下さいましたから。


ただ本人がそれに気付いていないことも多いです。


賜物を活用するために、まずしなければならないことは、自分がどんな賜物を受けたのかを発見することから始めないといけないです。


隠された賜物をまず発見することです。






先週のメッセージで賜物の種類に何があるのかを教えました。

聖書を開いて賜物の目録を記録することです。


そして聖書に出て来る人物が それをどのように使ったのかを調べます。


初代教会の使徒や信徒たちは賜物を活発に活用して良い働きをしました。



いま自分がしていることが賜物にあるならば、すでにその賜物を活用しています。


私たちは自分の賜物を発見する責任があります。


パウロは弟子テモテに、このようなことばを送りました。


【第2テモテ1章14節】

そして、あなたにゆだねられた良いものを、私たちのうちに宿る聖霊によって、守りなさい。

聖霊によってゆだねられたものの中には、賜物があることも考えられます。


【コロサイ4章17節】

アルキポに、「主にあって受けた務めを、注意してよく果たすように」と言ってください。

すなわち、受けた賜物を活用して主の働きをするように言われました。



賜物を確認したならば、それを必ず用いて働くことです。

賜物を受けても働かないならば、それは聖霊を妨害することになります。


聖霊が私たちに使ってほしい賜物を与えたのに、それをしないこと自体が聖霊を妨害することになります。


賜物は種のようなものです。



蒔かれる時は小さいものですが、蒔かれると花を咲かせ、実を結びます。


聖霊は私たちが献身して賜物を道具として使い、神の栄光のために、また他の人のために仕えることを願っています。


賜物を積極的に活用して主の栄光を現していきましょう。


2019.9.22
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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霊の武具



テーマは「 霊の武具 」です


【エペソ6章10-18節】

終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、

足には平和の福音の備えをはきなさい。

これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。

救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。

すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。

【エペソ6章11節】

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

勇敢に戦い、信仰を守り通して、神の国に入った人には神から白い衣が与えられます。(黙示録3章5節)


しかし、この世で信仰を守るための戦いをしている時には、いつも戦いの武具を身に着けていないといけないです。

それは自分を守るための武具であり、敵に勝つための武具でもあります。



聖書には世紀の戦いの場面が出てきます。

巨人ゴリアテと少年ダビデの戦いです。


ゴリアテは実践を多く積んだ名の知れた将軍で負けたことがありませんでした。

誰もが認め震え上がる勇士でした。


ダビデは戦争に行ったこともない少年でした。



二人の戦いが始まり、人々の予想は当然のようにゴリアテの勝利でした。

なぜなら子どもと大人の戦いでしたから。


しかし、ふたを開けてみると あっという間にダビデの勝利に終わっていました。

なぜ勝利出来たでしょうか?


ダビデがいつも神の武具を身に着けていたからです。


腰には真理の帯、胸には正義の胸当て、足には平和の福音の備え、信仰の大盾、救いのかぶと、神の御言葉の剣、祈りがあったので、肉の武具を身につけたゴリアテよりも強く、勝利することが出来ました。



神の武具は霊の武具であるので、目には見えません。


しかし目に見えるものよりも 見えないものが強いことを私たちは知っています。


神は私たちが戦いに勝利するためには、必ず神の武具を着用しないといけないことを教えています。



キリストの兵士ならば、キリストが示した神の武具を正しく着けなければなりません。

間違えた武具を着けると、その部分が狙われます。


真理に立って、真理を行いながら、御霊に従って生きる人は 神の武具を身に着けています。


この人たちだけが霊的戦いで勝利することが出来ます。


2019.7.28
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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どんな心を持つべきなのか



テーマは「 どんな心を持つべきなのか 」です


【第1ペテロ3章3-4節】

あなたがたは、髪を編んだり、金の飾りをつけたり、着物を着飾るような外面的なものでなく、

むしろ、柔和で穏やかな霊という朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人がらを飾りにしなさい。これこそ、神の御前に価値あるものです。

「心の中の隠れた人柄を飾りにしなさい」と言われました。

本当に美しい人は 外見ではなく、心が美しい人です。


「人はうわべを見るが、主は心を見る。」と書いてあるように、人の目を意識して生きる人は日々、外見をよく見せようと努力します。


しかし主の目を意識する人は、自分の心が気になって心を飾ることに努力します。


自分の心は自分がよく知っていると思います。

美しく整えられた綺麗な心なのか、それとも雑草だらけの荒地のような心なのか。


どのような心が主の目には美しく飾られた心でしょうか?

柔和で穏やかであることは温かい心であることがわかります。


ゆとりある心、愛のある心、譲歩する心、正直な心、きれいな心、理解ある心、明るい心、信頼する心、感謝する心、自制ある心は聖書でいう良い心で美しい心です。


心は行動を生み、行動は習慣を、習慣はその人の運命を決めます。


ただ単に神が見るから心を飾るのではなく、自分の運命を良いものにするためにも心の中に隠れた人柄を飾ることを勧めます。


【ヘブル10章22節】

そのようなわけで、私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。


2019.5.12
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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イエス様の苦悩



テーマは「 イエス様の苦悩 」です


【マタイの福音書26章36-41節】

それからイエスは弟子たちといっしょにゲツセマネという所に来て、彼らに言われた。「わたしがあそこに行って祈っている間、ここにすわっていなさい。」

それから、ペテロとゼベダイの子ふたりとをいっしょに連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。

そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」

それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」

それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「あなたがたは、そんなに、一時間でも、わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。

誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」

誰もが平安な死を願います。


悲惨な死を迎えると誰かに言われたら生きることも辛いですし、死ぬこともすごく怖いと思います。

知らないから平安を保っているかも知れません。



残念ながらイエス様は自分が悲惨な死を迎えることを知っていました。


それがある意味、大きなストレスになってその日が来た時にはすごく辛かったと思います。


一度も弱音を吐いたことのない主でしたが、初めて弟子たちに心のうちを話しました。

「私は悲しみのあまり死ぬほどです。」


イエス様がそこまで言われた理由は、肉体のことよりも父なる神に呪われることと、捨てられることでした。

これほどイエス様にとって辛いことはありませんでした。


主の苦悩には色々ありますが、苦悩の中身が聖書に出てきます。


【ガラテヤ3章13節】

キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。

【マタイの福音書27章46節】

三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。


・犯罪者扱いを受ける (マタイの福音書27章38節)

そのとき、イエスといっしょに、ふたりの強盗が、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた。

・銀貨30枚で売られる (マタイの福音書26章15節)

こう言った。「彼をあなたがたに売るとしたら、いったいいくらくれますか。」すると、彼らは銀貨三十枚を彼に支払った。

・弟子たちの裏切り (マタイの福音書26章14-16節)

そのとき、十二弟子のひとりで、イスカリオテ・ユダという者が、祭司長たちのところへ行って、

こう言った。「彼をあなたがたに売るとしたら、いったいいくらくれますか。」すると、彼らは銀貨三十枚を彼に支払った。

そのときから、彼はイエスを引き渡す機会をねらっていた。

・偽りの証人たちに告訴される (マタイの福音書26章60節)

偽証者がたくさん出て来たが、証拠はつかめなかった。しかし、最後にふたりの者が進み出て、

・多くの人々から侮辱され、悪口を言われた (ルカの福音書23章35-39節)

民衆はそばに立ってながめていた。指導者たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」

兵士たちもイエスをあざけり、そばに寄って来て、酸いぶどう酒を差し出し、

「ユダヤ人の王なら、自分を救え」と言った。

「これはユダヤ人の王」と書いた札もイエスの頭上に掲げてあった。

十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」と言った。

・人々から苦しみを受け捨てられる (ルカの福音書17章25節)

しかし、人の子はまず、多くの苦しみを受け、この時代に捨てられなければなりません。

・十字架にかけられる (マタイの福音書27章35節)

こうして、イエスを十字架につけてから、彼らはくじを引いて、イエスの着物を分け、


次から次へとこのような苦しみを受けることを知っていたので、イエス様の悲しみと苦しみは死ぬほど辛かったと思います。


耐え堅い苦しみを 主は罪人を救うために受けました。


私たちが滅ぼされないように、永遠の死を迎えないように、主が私たちの代わりにすべての苦しみをその身に受けました。


私たちは何をもって主に答えることが出来るでしょうか。


2019.4.14
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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主にある新しい人



テーマは「 主にある新しい人 」です


【第2コリント5章17節】

だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

新しい人がいるならば古い人がいます。

古い人はキリストを信じる前の姿です。


救われていないすべての人間は古い人と呼ばれます。


生まれながらの人、肉によって生きる人、罪と闇の中で生きる人、そして最後は永遠の死を迎える人が古い人の特徴です。


主にある “ 新しい人 ” とはどんな特徴がありますか?


救われた人、すなわち罪赦された人です。


自らの罪によって、神のさばきを受け、永遠の死と刑罰を受けなければならない人が、イエス・キリストが自分の罪のために十字架にかかって自分の代わりに死んだことを心から信じたことで神はその人の罪を赦します。



罪が赦されたことは無罪宣言を受けたことを意味します。

ですから神の裁きの時に、神はイエス・キリストを信じるその人に同じく無罪を宣言して、罪の刑罰を受けずに済むようにして下さいます。


裁判所で有罪判決を受ける人と、無罪判決を受ける人を想像してみて下さい。


主の中にいる新しい人は無罪判決を受けた人です。


また、次のような神の子どもになる特権を受けます。

以前はサタンの子でしたが、主に立ち返ったことで神の子どもになりました。


【ヨハネの福音書1章12節】

しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。

そして主にある新しい人には聖霊が注がれます。


【ヨハネの福音書7章38-39節】

わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」

これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。

イエス様は信じてついて来る人々を一人にさせないために慰め主、助け主、聖霊様を遣わして下さいました。


このように主にある新しい人は身分が変わるだけでなく、特別な祝福も主にあって受けます。


2019.3.31
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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