すべての事について…感謝❤

シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

福音

神に献身したパウロ


【ピリピ4章11-13節】

乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。

私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。

私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。

新約時代でパウロほど偉大な人物はいません。


復活したイエス様が直接彼に現れて彼を選び、異邦人への伝道者として任命しました。

彼は伝道者としては不適格な人物でした。


神に敵対し、教会を激しく迫害した人物なのに、主は彼を使徒として選び、福音を伝える伝道者にしました。



パウロ自身にとってもありえないことが自分の身に起きましたが、パウロは素直に主からの召しを受け入れ、死に至るまで主のために忠実に働いたしもべでした。


主への働きにいのちを懸けました。

彼は昼も夜も働きました。


ユダヤ教から改宗した彼に対してユダヤ教の人々は彼を憎み、殺害までしようとしました。

どこに行っても迫害を受け、死の連続の生活を送りました。


しかしパウロは死を恐れず、福音を至る所で伝えました。



主に選ばれなかったならば、激しい試練を受けることはなかったと思います。

世的に成功の人生を送ったと思います。


しかし主に従ったことで、苦難の道に足を踏み入れ、多くの苦しみを受けました。


しかしあらゆる境遇の中でも主だけを見上げながら、どこでも伝道しました。

喜んで働きをしていました。


言い訳しながら仕事をさぼったことはありませんでした。


自分の以前の姿を思い出しながら、魂を愛し、一生懸命に働きました。



彼は神学者であり、説教家であり、伝道者でした。

とても謙遜な人として人々に仕えていました。


神から受ける冠に期待しながら、最後まで走り続けました。

神に喜ばれる人物でした。


2019.10.27
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

読むと元気になれるブログです!
金ヘス牧師のブログ


教会で美味しい料理を、たくさん食べに来てくださいね!
おふくろの味


毎日、新しいみことばのパンを食べていきましょう☆
今日の「いのちのパン」


八戸ノ里キリスト教会の礼拝メッセージです
からし種の信仰と成長


□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

恵みの賜物


テーマは「 恵みの賜物 」です


【エペソ3章7ー9節】

私は、神の力の働きにより、自分に与えられた神の恵みの賜物によって、この福音に仕える者とされました。

すべての聖徒のうちで一番小さな私に、この恵みが与えられたのは、私がキリストの測りがたい富を異邦人に宣べ伝え、また、万物を創造した神のうちに世々隠されていた奥義を実現が何であるかを、明らかにするためです。

異邦人としてクリスチャンになった人たちにとって、使徒パウロほどありがたい存在はありません。


いのちを懸けて異邦人に福音を伝え、教会を建てました。

そのことで多くの異邦人が信じるようになりました。



イエス様が彼を選び、聖霊は彼の中に強く働きました。

多くの奇跡や不思議なわざが現れました。


パウロは多くの賜物を主から受けました。


彼はその賜物を恵みの賜物と思っていました。



特に福音に仕える者として召されたことを一番の恵みの賜物と思っていました。


福音に仕えることは実際大変でした。


多くの迫害や反対を受け、いつもいのちも狙われていましたが、パウロは福音に仕える者として選ばれたことを恵みの賜物として受け取ったと語りました。


なぜなら、彼は神の教会を迫害し、神の働きを妨害してきた者だったので、自分はそれに一番ふさわしくないと思っていました。



神の選びは不思議です。


パウロは自分が受けた賜物を喜び、誰よりも多く働く者となりました。


賜物の価値を知らない者も多いです。

重荷と思う人すらいます。



賜物は主からの尊い恵みです。

それを用いて主に仕えることほど価値あることはありません。


賜物をもって奉仕することを主の恵みと思っていますか?


パウロの姿から学ぶことです。


2019.9.8
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

読むと元気になれるブログです!
金ヘス牧師のブログ


教会で美味しい料理を、たくさん食べに来てくださいね!
おふくろの味


毎日、新しいみことばのパンを食べていきましょう☆
今日の「いのちのパン」


八戸ノ里キリスト教会の礼拝メッセージです
からし種の信仰と成長


□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

復活への希望



テーマは「 復活への希望 」です


【第1コリント15章19-22節】

もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。

しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

というのは、死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。

すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。

アダムによって罪が世界に入り、罪によって死が世界に入りました。


生まれて来るすべての人間にどんでもない呪いをもたらしたのはアダムでした。


生まれて来るすべての人間は 罪と死、闇とサタンの束縛から逃れることが出来ない状態です。


しかしキリストがこの世に来られて 十字架の死の遂げた理由は、悲惨な状態の人間を贖うためでした。


そして十字架の死は人間に救いの道を開きました。

しかしそれですべてが完成したわけではなく、主の復活によって救われた人々に 永遠の命を与えて下さいました。



主を信じる人々にはキリストの復活によって復活の希望があります。

キリストと共に古い人が死んだ者は、キリストと共に復活のいのちにあずかります。


キリスト教は歴史の中で絶えず迫害を受けました。

いつもその危機を乗り越えたのは復活信仰があったからです。


どんな悲しみや恐怖、失望や苦しみ 孤独も、復活の事実を信じ、復活の力の中で生き、復活の福音を伝えるクリスチャンを倒すことは出来ません。


復活の信仰がなかったならば、キリスト教は迫害に耐えられず、この地上から消えて もはや存在しないと思います。

この復活のいのちは永遠に消えることがありません。


主にあって死んだ者は、キリストが死から復活したように、必ず復活します。


これは事実です。

偽りではありません。


キリストの約束です。


2019.4.21
イースター礼拝メッセージ

シャローム松山教会


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

読むと元気になれるブログです!
金ヘス牧師のブログ


教会で美味しい料理を、たくさん食べに来てくださいね!
おふくろの味


毎日、新しいみことばのパンを食べていきましょう☆
今日の「いのちのパン」


八戸ノ里キリスト教会の礼拝メッセージです
からし種の信仰と成長


□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

メシヤに会いましたか



テーマは「 メシヤに会いましたか 」です


【ヨハネの福音書1章29-41節】

その翌日、ヨハネは自分のほうにイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。

私が『私のあとから来る人がある。その方は私にまさる方である。私より先におられたからだ』と言ったのは、この方のことです。

私もこの方を知りませんでした。しかし、この方がイスラエルに明らかにされるために、私は来て、水でバプテスマを授けているのです。」

またヨハネは証言して言った。「御霊が鳩のように天から下って、この方の上にとどまられるのを私は見ました。

私もこの方を知りませんでした。しかし、水でバプテスマを授けさせるために私を遣わされた方が、私に言われました。『御霊がある方の上に下って、その上にとどまられるのがあなたに見えたなら、その方こそ、聖霊によってバプテスマを授ける方である。』

私はそれを見たのです。それで、この方が神の子であると証言しているのです。」

その翌日、またヨハネは、ふたりの弟子とともに立っていたが、

イエスが歩いて行かれるのを見て、「見よ、神の小羊」と言った。

ふたりの弟子は、彼がそう言うのを聞いて、イエスについて行った。

イエスは振り向いて、彼らがついて来るのを見て、言われた。「あなたがたは何を求めているのですか。」彼らは言った。「ラビ(訳して言えば、先生)。今どこにお泊まりですか。」

イエスは彼らに言われた。「来なさい。そうすればわかります。」そこで、彼らはついて行って、イエスの泊まっておられる所を知った。そして、その日彼らはイエスといっしょにいた。時は第十時ごろであった。

ヨハネから聞いて、イエスについて行ったふたりのうちのひとりは、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。

彼はまず自分の兄弟シモンを見つけて、「私たちはメシヤ(訳して言えば、キリスト)に会った」と言った。

【ヨハネの福音書1章40節-41節】

ヨハネから聞いて、イエスについて行ったふたりのうちのひとりは、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。

彼はまず自分の兄弟シモンを見つけて、「私たちはメシヤ(訳して言えば、キリスト)に会った」と言った。

人々にイエス様をメシヤとして最初に紹介した人はバプテスマのヨハネでした。


ヨハネは自分の使命が何かを知っていました。

“イザヤが預言した「主の道をまっすぐにせよ」と荒野で叫ぶ者の声” であることを。


そしてメシヤを最初に見抜いたのも バプテスマのヨハネでした。



ヨハネのことばを聞いて、ユダヤ人は初めイエス様をメシヤだと思いました。

イエス様はメシヤです。


しかし彼らが思っていたメシヤではないことにつまずきました。


イスラエル民族は長い間、外の勢力によって支配され、自由や財産を奪われ、様々な苦痛に悩まされていました。

ですから彼らは、神が預言者たちを通して語ったイスラエルを回復させるメシヤを待ち望んでいました。


それでヨハネからメシヤの話を聞いたユダヤ人は、イエス様に大きな期待を寄せました。

それは、イスラエルが回復され、自分たちの生活も豊かになり、自由も与えられることでした。


バプテスマのヨハネさえもそのように期待しました。



しかしイエス様の働きは自分たちの期待とは違っていたので、だんだんイエス様に失望するようになりました。


霊の目が開かれてメシヤであるイエス様を人々に紹介したヨハネさえも失望するようになり、イエス様の所に人々を遣わし挑発的な質問をしました。


【マタイの福音書11章3節】

イエスにこう言い送った。「おいでになるはずの方は、あなたですか。それとも、私たちは別の方を待つべきでしょうか。」

その質問に対してイエス様はメシヤが来て何をするのかを正しく教えました。


彼らが期待するメシヤの姿ではなく、霊的メシヤの姿を教えました。


【マタイの福音書11章5節】

目の見えない者が見、足のなえた者が歩き、ツァラアトに冒された者がきよめられ、耳の聞こえない者が聞き、死人が生き返り、貧しい者たちに福音が宣べ伝えられている。

このような働きのためにメシヤが来られたことを私たちも知らなければなりません。

そして主はこのようにも言われました。


【マタイの福音書11章6節】

だれでもわたしにつまずかない者は幸いです。」

今も多くのユダヤ人はつまずいたままです。

別の方が来るのを待ち望んでいます。


つまずかないで素直にイエス様をメシヤとして信じている人は本当に幸いです。


みなさんは、弟子たちのように “メシヤに会った幸いな人” ですか。


2019.4.7
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

読むと元気になれるブログです!
金ヘス牧師のブログ


教会で美味しい料理を、たくさん食べに来てくださいね!
おふくろの味


毎日、新しいみことばのパンを食べていきましょう☆
今日の「いのちのパン」


八戸ノ里キリスト教会の礼拝メッセージです
からし種の信仰と成長


□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

愛とあわれみ深い神



テーマは「 愛とあわれみ深い神 」です


【申命記4章31節】

あなたの神、主は、あわれみ深い神であるから、あなたを捨てず、あなたを滅ぼさず、あなたの先祖たちに誓った契約を忘れない。

怖い神のイメージを持っている人もいると思いますが、私たちの神は誰よりも愛が熱く、あわれみ深い方です。


怖い神だけならばアダムとエバが罪を犯した時にすぐに彼らを殺したと思います。

神のことばに逆らった者として。


しかし彼らを殺さず、生かし、救われる道を計画しました。



エジプトで430年間奴隷だったイスラエルの民を そこから救い出したのも、40年間荒野での生活を支えたのも、いつも彼らを赦したのも、彼らをカナンの地に導き入れて下さったのも主でした。


滅ぼされるような行動を常にした民に対して、怒りを抑えて、捨てず、滅ぼさず、導いて下さったのは、彼らに対する主の愛とあわれみがあったからです。


【詩篇145編8-9節】

主は情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵みに富んでおられます。

主はすべてのものにいつくしみ深く、そのあわれみは、造られたすべてのものの上にあります。

そして主の愛とあわれみが一番現れた所は、イエス様の十字架です。

私たちを愛して救うためにひとり子イエス様さえも惜しまず差し出したのも神です。


十字架を見上げる度に、いつも主の愛とあわれみを感じています。



主のおかげで今の私がいると感謝しています。

それがないなら滅びしかありません。


私たちが福音を伝えることは、十字架にある神の愛と憐れみと赦しを伝えることです。


残念なことは神の愛とあわれみを受けていながらも、気付いていない人があまりにも多いことです。

どんなに神が悲しむでしょうか。



次の箇所で神はこのように言っています。


【マラキ書1章2節】

「わたしはあなたがたを愛している」

このように語りかけると、民から出たことばは次の通りでした。


「どのように、あなたが私たちを愛されたのですか」

私たちが救われたのも神の愛とあわれみがあったからです。



すべての記憶がなくなることがあっても、主の愛と主のあわれみを忘れてはいけないと思います。


主の愛とあわれみは尽きることがなく、今 私たちに注がれています。


それを感じながら生きる人が幸せな人です。


2019.2.17
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

読むと元気になれるブログです!
金ヘス牧師のブログ


教会で美味しい料理を、たくさん食べに来てくださいね!
おふくろの味


毎日、新しいみことばのパンを食べていきましょう☆
今日の「いのちのパン」


八戸ノ里キリスト教会の礼拝メッセージです
からし種の信仰と成長


□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

ギャラリー
今日の松山 (^-^)
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ