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シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

祈り

真の礼拝者になる



テーマは「 真の礼拝者になる 」です


【ヨハネの福音書4章21-24節】

イエスは彼女に言われた。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。

救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています。

しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。

神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」

コロナウイルスが世界中に広がり、それによって教会で礼拝が出来ず、家庭の中で、またはネットを通して礼拝をささげる今までにない事態が発生しました。


実際、韓国では感染者が出たことで教会が閉鎖され、教会に集まって礼拝が出来ないことも多くなりました。

みんなこの事態に心を痛めました。


しかし今は神のことばのように、私たちが建物の教会ではなく、どこででも霊とまことによってささげる礼拝を 神が受け入れることを知って礼拝をしなければなりません。


教会で礼拝をささげても主が喜ばない礼拝があります。

しかし家でささげる礼拝でも主が喜ぶ礼拝があります。



何が主に喜ばれる礼拝なのかを考える良い機会だと思います。


礼拝に参加して説教を聞くだけで礼拝だと思っている人もいますが、それは間違いです。


【ヘブル11章6節】

信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。

信仰と感謝と神への期待をもって礼拝をささげるならば、どこで礼拝をささげても 主は喜んで受け入れて下さいます。


またみんなが試練の中にいる今、私たちは互いに配慮し、自制し、他の人を自分よりも優れた者と思うことです。

それを率先してクリスチャンがすることです。



どこででも主を礼拝し、神が喜ぶ善行を行い、周りの人々への配慮で、世の光、塩として生きるならば、それが福音を伝える姿であり、神が喜ぶ礼拝になります。


そして不安の中にいる人たちに大胆に神のことばを伝え、祈る時に神から回復が起こると信じます。


コロナウイルスの病気もいつの間にか消えて、主の平安が来ます。


2020.3.22
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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羊飼いを見分ける



テーマは「 羊飼いを見分ける 」です


【民数記27章15-17節】

それでモーセは主に申し上げた。

「すべての肉なるもののいのちの神、主よ。ひとりの人を会衆の上に定め、

彼が、彼らに先立って出て行き、彼らに先立って入り、また彼らを連れ出し、彼らを入らせるようにしてください。主の会衆を、飼う者のいない羊のようにしないでください。」

モーセは荒野でイスラエルの民を40年間世話した良い羊飼いでした。


カナンの地に入る前に、主から自分の使命が終わったことを知らされ、何よりも彼が心配したのは民を導く羊飼いがいないことでした。


モーセは誰よりも羊飼いの重要性を知っている人物でした。

もちろん神は次の羊飼いとしてヨシュアを選んでいました。


羊飼いがいないとどうなりますか。


【エゼキエル書34章5節】

彼らは牧者がいないので、散らされ、あらゆる野の獣のえじきとなり、散らされてしまった。

ですから神は羊飼いを与えます。

しかし聖書によれば、良い羊飼いもいれば、悪い羊飼いもいます。


良い羊飼いに出会うことは大きな祝福です。

悪い羊飼いに出会うことは不幸です。


終わりの時代には惑わす者がたくさん世に出て来るので、良い羊飼いに出会う事がとても大切です。

良い羊飼いと悪い羊飼いを正しく見分けることがまず重要です。




良い羊飼い




良い羊飼いの模範は もちろん父なる神とイエス様です。


羊たちに関心があり、愛があり、あわれみの心があります。

いのちの道に導き入れます。


良い羊飼いには主の心があります。

主から学んでいます。


羊たちのために産みの苦しみをしながら祈り、羊たちにいのちのパンを食べさせます。


【ヨハネの福音書10章11節】

わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。

【マタイの福音書9章36節】

また、群衆を見て、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われた。

【イザヤ書40章11節】

主は羊飼いのように、その群れを飼い、御腕に子羊を引き寄せ、ふところに抱き、乳を飲ませる羊を優しく導く。



悪い羊飼い




悪い羊飼いは、良い羊飼いのように振る舞うので、彼らがどんな実を結ぶのかをよく調べないといけないです。


無知な羊たちはその正体に気づかず騙されることが多いです。


彼らは滑らかなことば、耳に良いことばを使うのでそれに騙されます。

しかし本当の姿は悪い羊飼いです。


悪い羊飼いは羊たちを地獄に連れて行くので、後に主から厳しいさばきを受けます。


【ヨハネの福音書10章12-13節】

牧者でなく、また、羊の所有者でない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして、逃げて行きます。それで、狼は羊を奪い、また散らすのです。

それは、彼が雇い人であって、羊のことを心にかけていないからです。

主から羊飼いとしての使命もなく、生活のために牧者をやっている人は、羊たちのことは関心がありません。

お金や自分の生活のためには関心があります。


主の名を利用して人間の教えをします。

そこにいのちはありません。



悪い羊飼いに対しての主のさばきです。


主は彼らに立ち向かい、彼らから羊を取り返し、羊を飼うのをやめさせます。

二度と自分自身を養えないように火のような試練の中に投げ出します。


もちろん彼らは神の国で栄光を受けることもなく、暗闇の世界で永遠に歯ぎしりする刑罰を受けます。


羊を利用して自分の腹だけを満たした罪は大きいです。

羊を地獄に陥れた罪は赦されない罪です。


神は羊たちの血の代価を払わせます。


羊飼いも羊たちも真剣でなければならないです。


自分たちのいのちに係わることだからです。


2020.3.1
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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わたしが彼らを祝福する



テーマは「 わたしが彼らを祝福する 」です


【民数記6章22-27節】

ついで主はモーセに告げて仰せられた。

「アロンとその子らに告げて言え。あなたがたはイスラエル人をこのように祝福して言いなさい。

『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。

主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。

主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』

彼らがわたしの名でイスラエル人のために祈るなら、わたしは彼らを祝福しよう。」

祝福の範囲は広いです。

祝福が嫌いな人はいないと思います。


みんなが祝福を欲しがっていますが、多くの人が求める祝福は主が私たちに与えたいと願っている祝福とは異なります。


主に召され、主を信じる人ならば自分が願う祝福ではなく、主が与えたいと願っている祝福が何かを知ってそれを切に求めないといけないです。


それに関心がなく自分が思う祝福ばかりを求めるならば、何一つもらうことがないと思います。



主が「私が彼らを祝福する」と言われた祝福はどんな祝福でしょうか。




主の守り




主の守りです。


イスラエルの民がカナンの地に入る前に通った道は荒野でした。

どれほど厳しい所であるのかは通ったイスラエルの民たちは知っています。


今、私たちが日々歩んでいるこの世も荒野です。


誘惑し惑わすサタンが強く働く所です。

主の守りがないとサタンのえじきになる所です。


主の守りがあって安全に暮らすことが出来ます。




主の恵み




次には主の恵みです。


恵みは暗やみを照らす太陽のようなものです、恵みは光であり、いのちです。

それによって私たちは生かされています。


主から毎日恵みが注がれることを求めないといけないです。

主の恵みこそ私たちにはなくてはならない祝福です。




主の平安




主の平安です。


平安のないこころは幸せではありません。

不安の中にいる弟子たちにも主は平安を残しました。


不安と恐れが多い世の中で、主の平安なしに生きることは難しいです。


主は私たちに主の平安を与えたいと願っています。


私たちは毎日祈りを通して主の守り、主の恵み、主の平安を求めましょう。


2020.2.23
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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キリスト者の人生の目標



テーマは「 キリスト者の人生の目標 」です


【エペソ4章15節】

むしろ、愛をもって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達することができるためなのです。

神を信じる人たちも様々な目標があります。

人生の設計も色々ありますし、仕事の目標もあります。


今日はイエス様を信じる者として、人生の最終の目標は何かを考えます。

これは人生で一番長い目標になります。


それは私たちが信じるイエス様に似ることです。



新生児が生まれると、人々の関心は新生児が誰に似ているのかです。


お母さんに似ているかお父さんに似ているか です。

親は自分に似ていると喜びますね。


イエス様を信じる者たちはイエス様によって生まれ変わった人々です。

ですからイエス様に似ている部分がないと困りますね。



イエス様によく似る者になってイエス様に会うならばどんなに良いでしょうか。


父なる神は目で見ることが出来ないです。

しかしイエス様は人間の姿になって地上に来て下さったので見ることが出来ました。


人間として生まれ、人間として生きる姿を見せました。


その理由は私たちがイエス様を見てその生き方を真似るようにするためでした。


イエス様のように祈り、イエス様のように愛し、イエス様のように仕え、イエス様のように赦し、イエス様のように苦難を受け、イエス様のようにあきらめ、イエス様のように食べ、イエス様のように寝て、イエス様のように死ぬならば、その人はイエス様と共に歩む人で、イエス様に似る者になります。


2020.2.9
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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霊の武具



テーマは「 霊の武具 」です


【エペソ6章10-18節】

終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。

ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、

足には平和の福音の備えをはきなさい。

これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。

救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。

すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。

【エペソ6章11節】

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

勇敢に戦い、信仰を守り通して、神の国に入った人には神から白い衣が与えられます。(黙示録3章5節)


しかし、この世で信仰を守るための戦いをしている時には、いつも戦いの武具を身に着けていないといけないです。

それは自分を守るための武具であり、敵に勝つための武具でもあります。



聖書には世紀の戦いの場面が出てきます。

巨人ゴリアテと少年ダビデの戦いです。


ゴリアテは実践を多く積んだ名の知れた将軍で負けたことがありませんでした。

誰もが認め震え上がる勇士でした。


ダビデは戦争に行ったこともない少年でした。



二人の戦いが始まり、人々の予想は当然のようにゴリアテの勝利でした。

なぜなら子どもと大人の戦いでしたから。


しかし、ふたを開けてみると あっという間にダビデの勝利に終わっていました。

なぜ勝利出来たでしょうか?


ダビデがいつも神の武具を身に着けていたからです。


腰には真理の帯、胸には正義の胸当て、足には平和の福音の備え、信仰の大盾、救いのかぶと、神の御言葉の剣、祈りがあったので、肉の武具を身につけたゴリアテよりも強く、勝利することが出来ました。



神の武具は霊の武具であるので、目には見えません。


しかし目に見えるものよりも 見えないものが強いことを私たちは知っています。


神は私たちが戦いに勝利するためには、必ず神の武具を着用しないといけないことを教えています。



キリストの兵士ならば、キリストが示した神の武具を正しく着けなければなりません。

間違えた武具を着けると、その部分が狙われます。


真理に立って、真理を行いながら、御霊に従って生きる人は 神の武具を身に着けています。


この人たちだけが霊的戦いで勝利することが出来ます。


2019.7.28
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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