すべての事について…感謝❤

シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

復活への希望



テーマは「 復活への希望 」です


【第1コリント15章19-22節】

もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。

しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

というのは、死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。

すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。

アダムによって罪が世界に入り、罪によって死が世界に入りました。


生まれて来るすべての人間にどんでもない呪いをもたらしたのはアダムでした。


生まれて来るすべての人間は 罪と死、闇とサタンの束縛から逃れることが出来ない状態です。


しかしキリストがこの世に来られて 十字架の死の遂げた理由は、悲惨な状態の人間を贖うためでした。


そして十字架の死は人間に救いの道を開きました。

しかしそれですべてが完成したわけではなく、主の復活によって救われた人々に 永遠の命を与えて下さいました。



主を信じる人々にはキリストの復活によって復活の希望があります。

キリストと共に古い人が死んだ者は、キリストと共に復活のいのちにあずかります。


キリスト教は歴史の中で絶えず迫害を受けました。

いつもその危機を乗り越えたのは復活信仰があったからです。


どんな悲しみや恐怖、失望や苦しみ 孤独も、復活の事実を信じ、復活の力の中で生き、復活の福音を伝えるクリスチャンを倒すことは出来ません。


復活の信仰がなかったならば、キリスト教は迫害に耐えられず、この地上から消えて もはや存在しないと思います。

この復活のいのちは永遠に消えることがありません。


主にあって死んだ者は、キリストが死から復活したように、必ず復活します。


これは事実です。

偽りではありません。


キリストの約束です。


2019.4.21
イースター礼拝メッセージ

シャローム松山教会


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

読むと元気になれるブログです!
金ヘス牧師のブログ


教会で美味しい料理を、たくさん食べに来てくださいね!
おふくろの味


毎日、新しいみことばのパンを食べていきましょう☆
今日の「いのちのパン」


八戸ノ里キリスト教会の礼拝メッセージです
からし種の信仰と成長


□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

イエス様の苦悩



テーマは「 イエス様の苦悩 」です


【マタイの福音書26章36-41節】

それからイエスは弟子たちといっしょにゲツセマネという所に来て、彼らに言われた。「わたしがあそこに行って祈っている間、ここにすわっていなさい。」

それから、ペテロとゼベダイの子ふたりとをいっしょに連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。

そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」

それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」

それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「あなたがたは、そんなに、一時間でも、わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。

誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」

誰もが平安な死を願います。


悲惨な死を迎えると誰かに言われたら生きることも辛いですし、死ぬこともすごく怖いと思います。

知らないから平安を保っているかも知れません。



残念ながらイエス様は自分が悲惨な死を迎えることを知っていました。


それがある意味、大きなストレスになってその日が来た時にはすごく辛かったと思います。


一度も弱音を吐いたことのない主でしたが、初めて弟子たちに心のうちを話しました。

「私は悲しみのあまり死ぬほどです。」


イエス様がそこまで言われた理由は、肉体のことよりも父なる神に呪われることと、捨てられることでした。

これほどイエス様にとって辛いことはありませんでした。


主の苦悩には色々ありますが、苦悩の中身が聖書に出てきます。


【ガラテヤ3章13節】

キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。

【マタイの福音書27章46節】

三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。


・犯罪者扱いを受ける (マタイの福音書27章38節)

そのとき、イエスといっしょに、ふたりの強盗が、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた。

・銀貨30枚で売られる (マタイの福音書26章15節)

こう言った。「彼をあなたがたに売るとしたら、いったいいくらくれますか。」すると、彼らは銀貨三十枚を彼に支払った。

・弟子たちの裏切り (マタイの福音書26章14-16節)

そのとき、十二弟子のひとりで、イスカリオテ・ユダという者が、祭司長たちのところへ行って、

こう言った。「彼をあなたがたに売るとしたら、いったいいくらくれますか。」すると、彼らは銀貨三十枚を彼に支払った。

そのときから、彼はイエスを引き渡す機会をねらっていた。

・偽りの証人たちに告訴される (マタイの福音書26章60節)

偽証者がたくさん出て来たが、証拠はつかめなかった。しかし、最後にふたりの者が進み出て、

・多くの人々から侮辱され、悪口を言われた (ルカの福音書23章35-39節)

民衆はそばに立ってながめていた。指導者たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」

兵士たちもイエスをあざけり、そばに寄って来て、酸いぶどう酒を差し出し、

「ユダヤ人の王なら、自分を救え」と言った。

「これはユダヤ人の王」と書いた札もイエスの頭上に掲げてあった。

十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」と言った。

・人々から苦しみを受け捨てられる (ルカの福音書17章25節)

しかし、人の子はまず、多くの苦しみを受け、この時代に捨てられなければなりません。

・十字架にかけられる (マタイの福音書27章35節)

こうして、イエスを十字架につけてから、彼らはくじを引いて、イエスの着物を分け、


次から次へとこのような苦しみを受けることを知っていたので、イエス様の悲しみと苦しみは死ぬほど辛かったと思います。


耐え堅い苦しみを 主は罪人を救うために受けました。


私たちが滅ぼされないように、永遠の死を迎えないように、主が私たちの代わりにすべての苦しみをその身に受けました。


私たちは何をもって主に答えることが出来るでしょうか。


2019.4.14
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

読むと元気になれるブログです!
金ヘス牧師のブログ


教会で美味しい料理を、たくさん食べに来てくださいね!
おふくろの味


毎日、新しいみことばのパンを食べていきましょう☆
今日の「いのちのパン」


八戸ノ里キリスト教会の礼拝メッセージです
からし種の信仰と成長


□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

救いが必要な人間



テーマは「 救いが必要な人間 」です


【ヨハネの福音書3章16節】

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

< 救いの必要性 >

アダムが犯した罪によって世界に罪が入り、この罪は全人類に罪の性質をもたらしました。


誰かが罪を教えて人間が罪を犯すのではなく、罪の性質を持って生まれるので、誰もが罪を犯します。

そして罪には刑罰が伴います。


その刑罰は死です。

死なずに生きている人間が存在しないのは、みんなが罪人として死という刑罰を受けるからです。


そして死で終わらないのが神の霊を受け入れた人間にあります。



死後にさばきがあります。


この裁きが無く、すべてが死で終わるならば、他の生き物と同じく救いは要らないです。

動物には救いは要らないです。

死で終わるからです。



しかし人間だけが裁きを受け、永遠の死か永遠のいのちかの判決を神から受けます。


本来ならば罪人である人間は永遠の死の判決を受けますが、人間を哀れんだ神は救いの計画を立てました。



< 神の救いの計画 >

人間に対する救いの計画は、神の憐れみと愛から始まりました。

愛のない神ならば裁きだけで終わらせると思います。


しかし愛の神は永遠の死を受ける人間を助けたくて 救いの道を設けました。


その計画に用いられたのが神のひとり子イエス様でした。

イエス様は地上に来られた目的を人々にこう話しました。


【マルコの福音書10章45節】

人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」

人間を救う計画がないならば、神の子が来る理由はないですね。

イエス様は十字架の上で救いの計画を完了しました。


ですから 後は人間側の責任になります。


信仰によって神の救いのご計画を受け入れる人には 神の恵みで救いを与えます。


永遠のいのちと天国の市民権です。

素晴らしい救いの計画を受け入れましょう。


2019.3.24
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

読むと元気になれるブログです!
金ヘス牧師のブログ


毎日、新しいみことばのパンを食べていきましょう☆
今日の「いのちのパン」


八戸ノ里キリスト教会の礼拝メッセージです
からし種の信仰と成長


□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

堕落してしまったアダム



テーマは「 堕落してしまったアダム 」です


【創世記3章17-19節】

また、人に仰せられた。「あなたが、妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。

土地は、あなたのために、いばらとあざみを生えさせ、あなたは、野の草を食べなければならない。

あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。あなたはそこから取られたのだから。あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない。」

最初の人アダムが犯した罪の責任はとても大きいです。


彼は神が臨在する世界、いのちあふれる世界、完璧な世界に最初に罪をもたらした人間です。


聖書はアダムが犯した罪の重さに対して このように記録してあります。


【ローマ5章17節】

もしひとりの違反により、ひとりによって死が支配するようになったとすれば、

【ローマ5章18節】

こういうわけで、ちょうどひとりの違反によってすべての人が罪に定められたのと同様に

【ローマ5章19節】

すなわち、ちょうどひとりの人の不従順によって多くの人が罪人とされた

アダムの罪は神のことばに対しての不従順でした。

神のことばには逆らい、サタンのことばには聞き従いました。


この世では殺人を一番悪い罪と考える傾向がありますが、神から見ると神への不従順が一番大きい罪です。


被造物が創造主に逆らう行為は決して小さい罪ではないです。


神に栄光をささげる使命があるのに、神を侮辱しました。


自ら神になろうとしました。

反逆罪があります。



罪は神との関係をまず壊しました。

罪を犯した人間が最初に取った行動は神から隠れることでした。


悔い改めもせず、言い訳と責任転換でした。

神への非難も口にしました。



堕落した人間の醜い姿をアダムからまず見ることが出来ました。


転落した人生を見ると悲惨で悲しくなります。

アダムの転落した人生がある意味、一番悲惨な転落でした。


罪を犯した人間に与えられたのはのろいでした。


エデンの園から追い出され、死が入りました。

そして一生労苦しながら食を得なければならなくなりました。



神と親しく歩むことが出来なくなり、地上ではさすらい人になりました。

重荷を負って苦しみながら生きる人生になりました。


神が与えた祝福すべてを失ってしまいました。

そして全人類がアダムの罪の結果で、罪に支配されるようになりました。


もしアダムが罪を犯さなかったならば、今の不幸な世界は存在しないと思います。


あらゆる不幸をすべて神のせいにする人が多いですが、神ではなく、アダムのせいで悪いものがすべて始まりました。


2019.3.10
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

読むと元気になれるブログです!
金ヘス牧師のブログ


毎日、新しいみことばのパンを食べていきましょう☆
今日の「いのちのパン」


八戸ノ里キリスト教会の礼拝メッセージです
からし種の信仰と成長


□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

栄光の復活



テーマは「 栄光の復活 」です


◎基調聖句 コリント人への手紙第一 15章20~22節

◎関連聖句 マタイの福音書 16章24~25節

しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。 というのは、死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。 すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。(マタイ16:24~25)

【 要 旨 】

イエス様は十字架の道、苦難の道を歩かれた。


地上に来られた時からそのことをご存じだった。

神様は助けることもできたが、私たちを救うためそのままにされた。


イエス様は十字架にかけられ、三日間は普通の人のように死の力に支配され、墓の中に葬られた。

しかし、父なる神さまの復活の力が臨まれ、イエス様は命をもらい蘇った。


イエス様は、ただ蘇っただけではない。

眠った者の初穂として、死者の中から蘇った。


神様が人間を創造した時は永遠の命をもっていたが、アダムとエバがサタンに誘惑され、善悪の知識の木の実を取って食べ、神のことばに従わず罪を犯した。


そのため人間に罪と死が入り、サタンが人間を罪と死で支配するようになった人々はそこから逃げることも勝つこともできないで、罪と死の道しかなかった。


しかし、イエス様が復活されたことによって別の道が開かれた。

復活ほど素晴らしい祝福はない。


イエス様を信じたら永遠の命を得る。

イエス様は十字架を背負って死から復活した。


私たちも負うべき十字架がある。

その十字架は苦しいこともあるが、復活の命にあずかりたいなら、自分の十字架を背負ってイエス様についていかなければならない。


イエス様は共に重荷を負って下さる方、力を与えて下さる方、希望を与えて下さる方、永遠の命を与えて下さる方です。


2018.4.1
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

読むと元気になれるブログです!
金ヘス牧師のブログ


教会で美味しい料理を、たくさん食べに来てくださいね!
おふくろの味


毎日、新しいみことばのパンを食べていきましょう☆
今日の「いのちのパン」


八戸ノ里キリスト教会の礼拝メッセージです
からし種の信仰と成長


□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□■*:;;;:*□■*:;;;:*■

ギャラリー
今日の松山 (^-^)
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ