すべての事について…感謝❤

シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

教会

賜物とは何か



テーマは「 賜物とは何か 」です


【第1コリント12章4ー11節】

さて、賜物にはいろいろの種類がありますが、御霊は同じ御霊です。

奉仕にはいろいろの種類がありますが、主は同じ主です。

働きにはいろいろの種類がありますが、神はすべての人の中ですべての働きをなさる同じ神です。

しかし、みなの益となるために、おのおのに御霊の現れが与えられているのです。

ある人には御霊によって知恵のことばが与えられ、ほかの人には同じ御霊にかなう知識のことばが与えられ、

またある人には同じ御霊による信仰が与えられ、ある人には同一の御霊によって、いやしの賜物が与えられ、

ある人には奇蹟を行う力、ある人には預言、ある人には霊を見分ける力、ある人には異言、ある人には異言を解き明かす力が与えられています。

しかし、同一の御霊がこれらすべてのことをなさるのであって、みこころのままに、おのおのにそれぞれの賜物を分け与えてくださるのです。

賜物とはギリシャ語で カリスマです。

恵みはギリシャ語でカリスです。


賜物は広い意味で、恵みとも言えます。

賜物は特別な霊的機能です。


この賜物は人間の努力や功労で得るものではなく、一方的に神が与えて下さるものです。



賜物は奉仕や教会のために、神がみこころのままに信じる者たちに与えて下さる特別な能力、霊的な才能です。


受けた側の立場としては、その賜物に感謝して、主の目的に従って活用することです。


神は信じる者たちが地域の教会で、奉仕出来るように様々な賜物を与えて下さいます。



賜物は個人の益のためではなく、御名の益のために、教会の成長のために神が用意して与えます。

7節に「しかし、みなの益となるために、おのおのに御霊の現れが与えられているのです。」



賜物を正しく使う時に、教会は成長します。

そして信徒たちの信仰も霊的にも成長します。


賜物をないがしろにすることは、働きをないがしろにすることです。

与えて下さった神を失望させることです。



与えて下さった主に感謝して御名の益のために、教会の奉仕のために使うことが望ましいです。


2019.9.1
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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惑わしに注意しよう



テーマは「 惑わしに注意しよう 」です


【マタイの福音書24章24節】

にせキリスト、にせ預言者たちが現れて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見せます。

マタイの福音書24章では、終わりの時代に起こる様々なことを 主が前もって教えて下さいました。


その中に “惑わしの霊の活動” があることを語って下さいました。

主が語りましたので、必ず惑わしは起こります。


クリスチャンは この惑わしを大いに警戒しないと惑わされて、とんでもないことになります。



惑わしの霊はクリスチャンを狙います。

惑わしは教会の中でも起こります。


指導者を通しても起こります。

教えを通しても 様々な奇跡や賜物、不思議なわざを通しても起こります。


分別が難しいこともあるので、注意深く判断しなければなりません。


今回は、どのような形で惑わしがあるのかを学びます。

惑わされないための霊的戦いが必要です。




聖書のことばで惑わします




・ 人々の魂に向けて語るのではなく、知識として頭に入れようとする


・ 聖書のことばを自分勝手に解釈して教える


・ 人のことばを神のことばよりも多く教える


・ 神学者たちの主張を神の言葉の権威よりも上に置く




信仰行為に没頭させる




・ 礼拝や賛美、祈りなどにおいて狂信的にさせる


・ パリサイ人たちのように宗教に熱心にさせ、自分の義を現すようにする


・ 主を見上げるのではなく、宗教行為を熱心にさせ安心させる




悪霊なのに、まるで聖霊の働きであるかのように騙す




・ 神からではない異言や預言、賜物、奇跡の力を使って人々を惑わす

これに多くの人々が惑わされます。


・ サタンは、見えるものに熱狂する人々を 奇跡を通して惑わす




世俗的なことに関心を向けるように惑わす




・ 世のもの、情報、世の流れを絶えず流して それに関心を持つように、好きになるように、繁栄するように惑わす


・ 先入観、価値観などを変えていく


・ 世的な者にさせて惑わす




これ以外にも、惑わす内容なたくさんあります。


サタンの策略なので惑わされないように御言葉に堅く立って警戒と注意が必要です。


【マタイの福音書24章4-5節】

そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「人に惑わされないように気をつけなさい。

わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私こそキリストだ』と言って、多くの人を惑わすでしょう。

このことばを忘れず、心に留めながら気を付けましょう。


2019.7.14
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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教会の目的は何か



テーマは「 教会の目的は何か 」です


◎基調聖句 エペソ書1:22~23

また神はいっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを教会にお与えになりました。教会はキリストの体であり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。

【 要 旨 】

人々が教会に通う目的は何でしょうか。

教会の目的はただ主です。


主に会うために、主に礼拝をささげるために教会があります。

主に選ばれた民として主に礼拝をささげ、主と交わりをし、主にあって自分自身を発見していきます。


すべての人間は神に栄光をささげるために造られてあるので、それを知っている聖徒たちは、神の前に出て神に賛美と礼拝をささげなければなりません。


霊とまことによって礼拝をささげ、そして礼拝が生活の中でも続くようにしなければなりません。

教会では真理を伝え、真理によって人々を悔い改めに導く所です。


人を喜ばせる耳にいいことばや、人の関心や感動を与えるためのメッセージではなく、自分たちが神の前にいかに罪人で汚れた存在であることを悟らせ、悔い改めさせ、闇から光に移るように、そして滅びから命に移るようにする使命があります。


教会は人を喜ばせるためではなく、神を喜ばせるためにあります。

教会では人があがめられるのではなく、神があがめられるために存在します。


教会は知識を得る所ではなく、礼拝を通して私たちの霊が主の真理で生き返る所です。

教会では礼拝が大切です。


礼拝が生きると教会が生きます。

礼拝が生きると聖徒が生きます。

礼拝が生きると霊が生きます。


礼拝を通して神の御心を知り、それを行っていく時に、神はその教会の中に恵みを与え、いのちを注ぎ、力ある働きをして下さいます。


2018.7.1
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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どんな手が清い手なのか



テーマは「 どんな手が清い手なのか 」です


◎基調聖句 テモテへの手紙第一 2章8節

ですから、私は願うのです。男は、怒ったり言い争ったりすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい。(Ⅰテモテ2:8)

【 要 旨 】

日常生活で一番よく使うのは手である。

この手が良いことに使われることも、悪いことに使われることもある。


正しいことに使われるなら清い手である。



① 祈る手は清い手である



祈りは信仰生活でとっても必要なことである。

祈りの手はどんな手よりも清い手で、力を体験する手となる。

イエスは祈りを聞いてくださる。



② 奉仕する手は清い手である



神は人々にいろいろな賜物を与えている。

その賜物を生かしたいろいろな奉仕があるが、掃除をする、料理をする、奏楽をする、メッセージをするなどの奉仕する手は清い手である。



③ 愛を与える手は清い手である



旅人が倒れているのを見たレビ人や神に仕える者は見て見ぬふりをしたが、サマリヤ人は自分の利益を考えず、人のために自分の時間、お金を使い、最後まで世話をした。


こういう愛はパリサイ人たちにはなかった。

神は愛によってする施しは喜ばれるが、人に見せるための施しは喜ばれない。



④ 伝道する手は清い手である



伝道は教会の人数を増やすためではなく、地獄へ行く人を救うためである。

福音を伝えたりチラシを配ったりする手は清い手である。

常に伝道する気持ちを持たないといけない。




私たちはみんな二つの手を持って生きている。


尊い手もあれば、卑しい手もある。

有益な手もあれば、いない方がいい手もある。

自分たちの手が神様に喜ばれる清い手になるようにしなければならない。

2018.4.15
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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教会はどのように成長するのか



テーマは「 教会はどのように成長するのか 」です


◎基調聖句 マルコの福音書 4章26~29節

◎関連聖句 Ⅰコリント3:6~7、ゼカリヤ4:6、マルコ4:28、ヨハネ15:1~8

また言われた。「神の国は、人が地に種を蒔くようなもので、 夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して育ちます。どのようにしてか、人は知りません。 地は人手によらず実をならせるもので、初めに苗、次に穂、次に穂の中に実が入ります。 実が熟すると、人はすぐにかまを入れます。収穫の時が来たからです。」(マルコ4:26~29)

【 要 旨 】

教会は地上の神の姿に似ている。

しかし、私たち教会員の一人ひとりは、教会の頭をめざすのではなく、肥料になって、よい実を結ぶために、神様から離れないで、夫々の教会員が役割を果たすことが求められている。


そのような教会が命のある教会で、Ⅰコリント3:6~7でパウロが言っているように、神が成長させて下さる。


また、ゼカリヤ4:6には、御使いはゼカリヤに

これはゼルバベルへの主のことばだ。『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって。』と万軍の主は仰せられる。
と書かれている。

すなわち、聖霊が満たされれば段階を追って成長すると、保証されている。


マルコ4:28では

地は人手によらず実をならせるもので、初めに苗、次に穂、次に穂の中に実がはいります。
と書かれている。

神の時が来れば、実は必ず結ぶものである。


今まで迫害があっても、教会はつぶされたことはなかった。


忍耐をすれば必ず実を結ぶ。

北朝鮮でも中国でも、リバイバルの時が待っている。


ヨハネ15:1~8には

わたしはぶどうの木。あなたがたは私を離れては、何もできない
と書かれている。

神の力で、この教会によい実がなるように祈り、イエスの内に留まっていれば、イエス様は私たちに良い住まいを用意して下さる。


2018.1.14
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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