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シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

救い

どんな手が清い手なのか



テーマは「 どんな手が清い手なのか 」です


◎基調聖句 テモテへの手紙第一 2章8節

ですから、私は願うのです。男は、怒ったり言い争ったりすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい。(Ⅰテモテ2:8)

【 要 旨 】

日常生活で一番よく使うのは手である。

この手が良いことに使われることも、悪いことに使われることもある。


正しいことに使われるなら清い手である。



① 祈る手は清い手である



祈りは信仰生活でとっても必要なことである。

祈りの手はどんな手よりも清い手で、力を体験する手となる。

イエスは祈りを聞いてくださる。



② 奉仕する手は清い手である



神は人々にいろいろな賜物を与えている。

その賜物を生かしたいろいろな奉仕があるが、掃除をする、料理をする、奏楽をする、メッセージをするなどの奉仕する手は清い手である。



③ 愛を与える手は清い手である



旅人が倒れているのを見たレビ人や神に仕える者は見て見ぬふりをしたが、サマリヤ人は自分の利益を考えず、人のために自分の時間、お金を使い、最後まで世話をした。


こういう愛はパリサイ人たちにはなかった。

神は愛によってする施しは喜ばれるが、人に見せるための施しは喜ばれない。



④ 伝道する手は清い手である



伝道は教会の人数を増やすためではなく、地獄へ行く人を救うためである。

福音を伝えたりチラシを配ったりする手は清い手である。

常に伝道する気持ちを持たないといけない。




私たちはみんな二つの手を持って生きている。


尊い手もあれば、卑しい手もある。

有益な手もあれば、いない方がいい手もある。

自分たちの手が神様に喜ばれる清い手になるようにしなければならない。

2018.4.15
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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恵みは主から来る


【第2コリント6章2節】

神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。

主の恵みなしに 存在出来るものは、世に存在しません。


その恵みに気づいている人にも 気づいていない人にも、主は恵みを与えます。


恵みに気づく人は 主に感謝をささげますが、気づいてない人は 感謝をささげることもなく、恩知らずの者になります。


主は恵み豊かな方なので、その恵みは尽きることがありません。


今も恵みを備え、救いを備えておられます。


その恵みを日々求めながら生きる人生は幸いな人生です。




主の恵みの約束




【申命記5章10節】

わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。

【詩篇84編11節】

まことに、神なる主は太陽です。盾です。主は恵みと栄光を授け、正しく歩く者たちに、良いものを拒まれません。



福音こそ主の恵みである
伝道は主の恵みを伝えること




【使徒の働き4章33節】

使徒たちは、主イエスの復活を非常に力強くあかしし、大きな恵みがそのすべての者の上にあった。

【第2ヨハネ3節】

真理と愛のうちに、父なる神と御父の御子イエス・キリストからの恵みとあわれみと平安は、私たちとともにあります。



終末の時、人々は主の恵みを請う
これこそリバイバル




【ゼカリヤ書8章20-22節】

万軍の主はこう仰せられる。「再び、国々の民と多くの町々の住民がやって来る。

一つの町の住民は他の町の住民のところへ行き、『さあ、行って、主の恵みを請い、万軍の主を尋ね求めよう。私も行こう』と言う。

多くの国々の民、強い国々がエルサレムで万軍の主を尋ね求め、主の恵みを請うために来よう。

2018.4.22
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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救いが必要な存在



テーマは「 救いが必要な存在 」です


◎基調聖句 ヨハネの福音書 3章16節

◎関連聖句 ローマ5:8、マルコ10:45、ヨハネ3:36、ローマ3:24

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネ3:16)

【 要 旨 】

救いが必要な存在であるのは、御子を信じる者が

ひとりとして滅びることなく、永遠の命を持つため(ヨハネ3:16)
である。


今日は救いの必要性を、
①救いの性格、②神様の救いの計画、③我々は救いをどう受けるか、に分けて解説する。


① 救いの性格

最初に神がアダムとイブを造った時は、人間は非常に良かった。

しかし、彼らが罪を犯したために、続く全人類に遺伝子が続くように続いた。

「義人はいない」と言われる所以である。


罪の報酬は死である。

しかし、愛のある神さまは、人の罪は当然と考えられないで、救いを考えて下さったのである。



② 神様の救いの計画

その計画とは、神の愛で、イエス・キリストをこの世に贈って下さったことである。

そして私たちを救うために十字架で死んで下さり、復活までされた。


人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。
とマルコ10:45に記されている。



③ 我々は救いをどう受けるか

ヨハネ3:36に

御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。
と言われている。


神の約束の言葉を信じるより、我々は救われる方法はない。

今が救いの時、恵みの時であることを自覚しよう。

2018.3.11
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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救いを確認する



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◎基調聖句 エペソ人への手紙 2章1~5節

あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。 罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、─あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです─(エペソ2:1~2、5)

【 要 旨 】

救いを確認することは、以前の状態から比べて、今はどうなったかを検証することである。


すなわちアダムとエバが罪を犯す前と後の状態とは逆の比較になる。


神と霊的に交わらないと、人は死んだ状態になる。

神だけが死人を生き返らせる力を持っているからである。


滅びから命に救出することのできる唯一無二の方である。

ペテロは聖霊によってイエスは生ける神の子であると宣言した(マタイ16:15~17)。


人間は一度死ぬことは確実である。

聖霊の存在を知らない者は、自分の力で生きていると思っているが、それは正しくない。


聖書の言葉は知識(倫理)ではなく、霊の食べものとして、神の慰めを受け、悔い改めて、神と共に生きる糧である。


祈りの中で悔い改めた人は、信仰のある人で、その人は救われた人である。


キリストはご自身をいけにえとして、人の罪を取り除くために、一度目に来られました。

しかし、二度目は彼を待ち望んでいる人々の救いのために来られることになっています(へブル9:26~28)。


イエス・キリストを確信をもってメシアすなわち救い主と言える人は信仰のある人である。

これに反して、イエスに関係なく生きる人は、信仰の無い人である。


神は、全人類が聖霊を通して救われることを願っている。


我々は、この神の愛に救われて、まことのクリスチャンとして生きなければならない。

2017.11.12
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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勝利のエルサレム入城



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◎基調聖句 ヨハネの福音書 12章12~19節

◎関連聖句 ヨハネの福音書 12章24~29節

その翌日、祭りに来ていた大ぜいの人の群れは、イエスがエルサレムに来ようとしておられると聞いて、 しゅろの木の枝を取って、出迎えのために出て行った。そして大声で叫んだ。「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に。」 イエスは、ろばの子を見つけて、それに乗られた。それは次のように書かれているとおりであった。 「恐れるな。シオンの娘。見よ。あなたの王が来られる。ろばの子に乗って。」(ヨハネ12:12~15)

【 要 旨 】

神は恵みと愛であるが、ないがしろにすると、いつまでも続くと思っているのは間違いです。

神の前に行く日には必ず行かなければなりません。


その日はイエスの最後のエルサレム入城でした。

イエスは死ぬために来られた方ですから、十字架の死は勝利なのです。


ヨハネ12:28に、神はもう一度栄光を現わそうと言われたと記されています。

ということは、イエスはこの世の生涯において、神の御心に向かって真直ぐに歩み、勝利したと言うことです。


父なる神が約束した旧約の預言が、いまここに成就したからです。


基調聖句には、しゅろの木の枝で出迎えたとありますが、これは美しい勝利を意味します。


また、ロバの子に乗ってこられるのは、平和の王、謙遜の王、救い主のことであります。

更に、イチジクの木に実がなってなかったので、切り倒された話でありますが、これは律法ばかりにとらわれ実の結ばないパリサイ人のことを目に見えるようにしたのです。


心のかたくなな人は何を見ても悟りがないということで、恵みは耳からと言いますが、教えを乞う何も知らない人の方が良く理解できるでしょう。


恵みを知れば心は成長します。

イエスの勝利ということは、真理を正しく知っていなくてはなりません。

真理というのはみことばです。
ということは、イエスは私たちの魂を救うために来られたのですから、正しく習い、また導かれて、目が開かれなければ、勝利の入城の意味がありません。

2016.3.13
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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