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シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

悔い改め

聖書にある愚か者



テーマは「 聖書にある愚か者 」です


◎基調聖句 ルカの福音書 14章15~24節

◎関連聖句 ルカ12:19~21、マタイ19:16~24、ヨブ2:9~10、ガラテヤ6:3、Ⅰヨハネ1:8~9、黙示録2:21~23、ヤコブ5:3

するとイエスはこう言われた。「ある人が盛大な宴会を催し、大ぜいの人を招いた。 宴会の時刻になったのでしもべをやり、招いておいた人々に、『さあ、おいでください。もうすっかり、用意ができましたから』と言わせた。 ところが、みな同じように断り始めた。最初の人はこう言った。『畑を買ったので、どうしても見に出かけなければなりません。すみませんが、お断りさせていただきます。』 もうひとりはこう言った。『五くびきの牛を買ったので、それをためしに行くところです。すみませんが、お断りさせていただきます。』(ルカ14:16~19)

【 要 旨 】

神の国(天国)で食事することは、大きい恵み、特典、祝福である。

基調聖句はその例え話であるが、実は神の国の招待を断った人たちのことである。


この人たちは自分が愚か者とは思っていないことが大問題で、今の目の前のことを大切にしたため、光の国を見損なった、実は愚かな人なのである。

変心しないと駄目である。


ルカ12:19~21は、ある金持ちの話で、畑が豊作だったので倉に入らない位、蓄えることが出来たので、これからは安心して飲んで食べて、楽しもうとしたが、神は「愚か者、お前のたましいは今夜取り去られる。」と言われ、神の前で富まない者は、この通りだと託宣されている。


また、マタイ19:16~24には、永遠の命を得るために、どうしたら良いかとイエスに問うた青年に、十戒を守るように言われたが、青年はそんなことはみな守っているが、まだ何が欠けているのでしょうかと尋ねた。


するとイエスは、あなたの持ち物を売り払って、貧しい人に与えるなら、天に宝を積むことになると言われ、悲しんで去ったとされる。

彼も愚か者である。


黙示録2:21~23には、神が機会を与えた時には悔い改めて、信じる人となり、愚か者にならないで、賢い人となって信じる人になりなさいとある。

自分には何か欠点がある。

それを神の言葉で、再検討することが、大切なことである。

2017.6.4
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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金の子牛と十字架



テーマは「 金の子牛と十字架 」です


◎基調聖句 出エジプト記32:1~10、Ⅰコリント1:18~19

◎関連聖句 へブル12:1、使徒4:12、Ⅰペテロ4:17、へブル6:1-6、出エジプト32:31-35、出エジプト33:9-11

民はモーセが山から降りて来るのに手間取っているのを見て、アロンのもとに集まり、彼に言った。「さあ、私たちに先立って行く神を、造ってください。私たちをエジプトの地から連れ上ったあのモーセという者が、どうなったのか、私たちにはわからないから。」(出エジプト32:1)

【 要 旨 】

神の御心(御言葉)にそって祈ることが、我々には最も求められていることである。


歴史は神の計画であり、神のシナリオ通りに動いている。


信仰があっても、祈りがなければ何にもならない。

毎日祈ることが生かされていることである。


まことの神に仕えなければならないのに、金の子牛を拝むのは背教である。

これは罪の奴隷になっている。


モーセはヨシュアと共に40日間神を待ち望み、祈っていたのに、うなじのこわい民は、それが待ちきれなくて、我々が神を作ろうと叫び出した。


時は下って、新約の時代のイエスは、神殿を商売の場にすることをひどく嫌って、追い出し、聖別した。


サドカイ人たちの偽教師は、生長しようとする姿が見られないので、悔い改めて重荷を捨てさせた。


堕落している恵み万能主義を、神は喜ばれないのである。


使徒4:12には

この方以外には、誰によっても救いはありません。
と書かれている。


また、Ⅰペテロ4:17には

裁きは神の教会からはじまる。
とされている。


神は信じない者よりも、偽物に厳しくされる。


出エジプト32:31~35には

わたしに罪を犯した者は、誰であれ、わたしの書物から消し去る。
と恐ろしく、厳しく言われている。


生きた命を常に目指すのは、十字架の道しかない。


私たちはそこで命の冠を得たいものだ。

2017.3.12
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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悔い改めこそ大掃除



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◎基調聖句 ヨハネの手紙第一 1章8~10節

もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。 もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。(Ⅰヨハネ1:8~9)

【 要 旨 】

年末には皆さん、大掃除をしたいと思っていることでしょう。

しかし、クリスチャンは、世の人とは違って、罪に対して、悔い改めの大掃除をしなければなりません。


神様は潔くて、美しいものがお好きですから、罪があれば、神様と断絶になります。

罪は死と滅亡をもたらすものですから。


最後の晩餐の時、イエス様は12人の弟子の足を洗って下さいました。

これは儀式であって、足以外は全身潔い(但しイスカリオテのユダ以外)とおっしゃいました。


御言葉に、いつも対峙しているのだから、わたしが潔めるという罪の意味は、分かるでしょうともおっしゃいました。


しかし、悔い改めがないと、ユダのように罪を犯すクリスチャンは多いのですとも言われました。


心の中の罪は傲慢で、不平・不満・憎しみ・貪欲という肉の思いがあって、悪い実を結ぶのです。

罪のある人の身体からは、ゴミの臭いや、虫が出ます。


心の中を掃除して、聖霊充満の受け入れ準備をしましょう。


神は潔めを用意して下さっているのですから、新しい年に向かって、大胆に悔い改めの大掃除を毎日、毎日実行しましょう。

2016.12.11
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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律法と山上の説教の関係



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◎基調聖句 出エジプト記 21章23~25節

◎関連聖句 ヨハネ13:34、マタイ5:21~22、27~28、38~42、Ⅰテサロニケ5:15、マタイ5:43~44、マタイ5:20

しかし、殺傷事故があれば、いのちにはいのちを与えなければならない。 目には目。歯には歯。手には手。足には足。 やけどにはやけど。傷には傷。打ち傷には打ち傷。(出エジプト記21:23~25)

【 要 旨 】

律法は厳格な神の旧約時代の啓示である。

新約では、イエス・キリストは旧約を完成させるためにこられた。


そのことはマタイの福音書の5章に山上の垂訓(説教)として、出エジプト記と同じようなことが書かれていることで分かる。

似たようなことは、イスラム教のコーランにも書かれている。


ヨハネ13:34には

あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
とイエスが言われたと書かれている。


愛するためには忍耐と寛容が必要不可欠である。

ということは、律法(モーセの十戒)も山上の垂訓(イエスの説教)も本質は同じなのである。


我々は、言葉で悔い改めて、人々を赦して、憎しみを増大させないようにしなくてはならない。


イエス様から見ると、人々は誰でも人殺しである。

すべての人は心の中の怒りが行動になる。


今、流行のウザイとか死ねとかと言うのは、人を自殺に追い込む。

神の言葉は、天地が滅んでも廃れない。


天国に入りたい者は、自分を捨てて十字架を負ってイエスについて行こう。

旧約の律法は、これと同じである。


私たちはあくまでも神の言葉に従順すべきである。

2016.12.4
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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新しい人生を生きるオネシモ



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◎基調聖句 ピレモンへの手紙 10~18節

獄中で生んだわが子オネシモのことを、あなたにお願いしたいのです。 彼は、前にはあなたにとって役に立たない者でしたが、今は、あなたにとっても私にとっても、 役に立つ者となっています。 そのオネシモを、あなたのもとに送り返します。彼は私の心そのものです。 私は、彼を私のところにとどめておき、福音のために獄中にいる間、あなたに代わって私のために仕えてもらいたいとも考えましたが、 あなたの同意なしには何一つすまいと思いました。それは、あなたがしてくれる親切は強制されてではなく、自発的でなければいけないからです。(ピレモン10~14)

【 要 旨 】

ピレモンの奴隷であったオネシモは、獄中にいた時にパウロに会った。

そこで、パウロは神の思いで、オネシモを心から悔い改めさせ、魂を救った。

それは、私たちも救い出してくれたのと同じ、羊飼いの心であった。


パウロは相手のことを考える人であったから、オネシモを送り返したことを、ピレモンはとても喜んだ。

神も新しい人生を送っているオネシモをこよなく愛し、喜んだ。


神の求める働き人は心が成長する。

そして、神にも教会にも役立つ。


悪いことをしていたオネシモが、キリストを信じて、新しく生きる者となった。

このことは、我々も見習って、証しすべきである。


神に役立つ者に変えられることを、最大の喜びとしたい。


獄中のオネシモでさえ、見違えるように変えられたのであるから。

2016.8.7
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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