すべての事について…感謝❤

シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

十字架

赦しの恵み



テーマは「 赦しの恵み 」です


【エペソ4章32節】

お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。

今日は「神の恵み」の中で「赦しの恵み」について語ります。


神が赦しの神であることを信じますか?

もし神が赦しの神でないならば 人類は存在せず、みんな裁かれたと思います。


救いを経験した人は 神の赦しを経験した人です。

救われていない人は まだ神の赦しを経験していない人です。



すべての人間は神の赦しの恵みが必要です。


赦しを得ていないと、いつか必ず神のさばきを受けます。


神はひとりとして いきなり裁かれて永遠に滅ぼされることを望まないです。

赦される道を教えて下さいました。



罪を犯している人間たちに預言者を遣わして何度も何度も語ることばがありました。


赦しの恵みは神のあわれみから来るものです。


【エレミヤ書36章3節】

ユダの家は、わたしが彼らに下そうと思っているすべてのわざわいを聞いて、それぞれ悪の道から立ち返るかもしれない。そうすれば、わたしも、彼らの咎と罪とを赦すことができる。」


神様は最初から赦すことを考えて預言者を通してメッセージを語らせました。


【エゼキエル書16章63節】

それは、わたしが、あなたの行ったすべての事について、あなたを赦すとき、あなたがこれを思い出して、恥を見、自分の恥のためにもう口出ししないためである。──神である主の御告げ──」

【ダニエル書9章9-10節】

あわれみと赦しとは、私たちの神、主のものです。これは私たちが神にそむいたからです。

私たちは、私たちの神、主の御声に聞き従わず、神がそのしもべである預言者たちによって私たちに下さった律法に従って歩みませんでした。


神は正しく裁く方ですが、裁く前に赦しの恵みがあることを聞かせています。


悪の道から立ち返って悔い改めるならば あわれみ深い神はその罪を赦して下さいます。


主の十字架こそ、私たちを赦すためにある主の恵みです。


十字架の上での主が祈ったのは赦しの祈りでした。



【ルカの福音書23章34節】

そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」

この祈りに答えて十字架を見上げて悔い改める者を父なる神は赦して下さいます。


「赦しの恵み」を受けた人は罪の重荷を背負うことなく、罪から自由にされています。


2019.6.9
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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使命に生きる聖徒



テーマは「 使命に生きる聖徒 」です


【マタイの福音書23章11節】

あなたがたのうちの一番偉大な者は、あなたがたに仕える人でなければなりません。

イエス様は十二弟子を選び、使命を与えました。


そしてその使命を果たしていくことが出来るように、彼らを訓練しました。

彼らの前で仕える姿も見せました。


しかし彼らは仕えることには あまり関心がなく、人より偉くなりたい思いが強かったです。


その姿はイエス様が願う姿とは かけ離れていました。



そこで、一番偉大な人は “仕える人である” と語りました。

イエス様は神であり一番偉い方であるにも関わらず、卑しい人間に仕えました。


人の上に君臨することは、神のしもべたちのすべきことではありません。


主のように仕える姿こそ、使命に生きる聖徒たちの姿です。

使命に生きる人の姿が次の箇所にあります。


【ピリピ2章13-17節】

神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。

すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行いなさい。

それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、

いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。そうすれば、私は、自分の努力したことがむだではなく、苦労したこともむだでなかったことを、キリストの日に誇ることができます。

たとい私が、あなたがたの信仰の供え物と礼拝とともに、注ぎの供え物となっても、私は喜びます。あなたがたすべてとともに喜びます。

自分の十字架を負って主に従っていく姿が、使命に生きる姿です。


2019.4.28
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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復活への希望



テーマは「 復活への希望 」です


【第1コリント15章19-22節】

もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。

しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

というのは、死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。

すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。

アダムによって罪が世界に入り、罪によって死が世界に入りました。


生まれて来るすべての人間にどんでもない呪いをもたらしたのはアダムでした。


生まれて来るすべての人間は 罪と死、闇とサタンの束縛から逃れることが出来ない状態です。


しかしキリストがこの世に来られて 十字架の死の遂げた理由は、悲惨な状態の人間を贖うためでした。


そして十字架の死は人間に救いの道を開きました。

しかしそれですべてが完成したわけではなく、主の復活によって救われた人々に 永遠の命を与えて下さいました。



主を信じる人々にはキリストの復活によって復活の希望があります。

キリストと共に古い人が死んだ者は、キリストと共に復活のいのちにあずかります。


キリスト教は歴史の中で絶えず迫害を受けました。

いつもその危機を乗り越えたのは復活信仰があったからです。


どんな悲しみや恐怖、失望や苦しみ 孤独も、復活の事実を信じ、復活の力の中で生き、復活の福音を伝えるクリスチャンを倒すことは出来ません。


復活の信仰がなかったならば、キリスト教は迫害に耐えられず、この地上から消えて もはや存在しないと思います。

この復活のいのちは永遠に消えることがありません。


主にあって死んだ者は、キリストが死から復活したように、必ず復活します。


これは事実です。

偽りではありません。


キリストの約束です。


2019.4.21
イースター礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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イエス様の苦悩



テーマは「 イエス様の苦悩 」です


【マタイの福音書26章36-41節】

それからイエスは弟子たちといっしょにゲツセマネという所に来て、彼らに言われた。「わたしがあそこに行って祈っている間、ここにすわっていなさい。」

それから、ペテロとゼベダイの子ふたりとをいっしょに連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。

そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」

それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」

それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「あなたがたは、そんなに、一時間でも、わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。

誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」

誰もが平安な死を願います。


悲惨な死を迎えると誰かに言われたら生きることも辛いですし、死ぬこともすごく怖いと思います。

知らないから平安を保っているかも知れません。



残念ながらイエス様は自分が悲惨な死を迎えることを知っていました。


それがある意味、大きなストレスになってその日が来た時にはすごく辛かったと思います。


一度も弱音を吐いたことのない主でしたが、初めて弟子たちに心のうちを話しました。

「私は悲しみのあまり死ぬほどです。」


イエス様がそこまで言われた理由は、肉体のことよりも父なる神に呪われることと、捨てられることでした。

これほどイエス様にとって辛いことはありませんでした。


主の苦悩には色々ありますが、苦悩の中身が聖書に出てきます。


【ガラテヤ3章13節】

キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。

【マタイの福音書27章46節】

三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。


・犯罪者扱いを受ける (マタイの福音書27章38節)

そのとき、イエスといっしょに、ふたりの強盗が、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた。

・銀貨30枚で売られる (マタイの福音書26章15節)

こう言った。「彼をあなたがたに売るとしたら、いったいいくらくれますか。」すると、彼らは銀貨三十枚を彼に支払った。

・弟子たちの裏切り (マタイの福音書26章14-16節)

そのとき、十二弟子のひとりで、イスカリオテ・ユダという者が、祭司長たちのところへ行って、

こう言った。「彼をあなたがたに売るとしたら、いったいいくらくれますか。」すると、彼らは銀貨三十枚を彼に支払った。

そのときから、彼はイエスを引き渡す機会をねらっていた。

・偽りの証人たちに告訴される (マタイの福音書26章60節)

偽証者がたくさん出て来たが、証拠はつかめなかった。しかし、最後にふたりの者が進み出て、

・多くの人々から侮辱され、悪口を言われた (ルカの福音書23章35-39節)

民衆はそばに立ってながめていた。指導者たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」

兵士たちもイエスをあざけり、そばに寄って来て、酸いぶどう酒を差し出し、

「ユダヤ人の王なら、自分を救え」と言った。

「これはユダヤ人の王」と書いた札もイエスの頭上に掲げてあった。

十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」と言った。

・人々から苦しみを受け捨てられる (ルカの福音書17章25節)

しかし、人の子はまず、多くの苦しみを受け、この時代に捨てられなければなりません。

・十字架にかけられる (マタイの福音書27章35節)

こうして、イエスを十字架につけてから、彼らはくじを引いて、イエスの着物を分け、


次から次へとこのような苦しみを受けることを知っていたので、イエス様の悲しみと苦しみは死ぬほど辛かったと思います。


耐え堅い苦しみを 主は罪人を救うために受けました。


私たちが滅ぼされないように、永遠の死を迎えないように、主が私たちの代わりにすべての苦しみをその身に受けました。


私たちは何をもって主に答えることが出来るでしょうか。


2019.4.14
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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愛とあわれみ深い神



テーマは「 愛とあわれみ深い神 」です


【申命記4章31節】

あなたの神、主は、あわれみ深い神であるから、あなたを捨てず、あなたを滅ぼさず、あなたの先祖たちに誓った契約を忘れない。

怖い神のイメージを持っている人もいると思いますが、私たちの神は誰よりも愛が熱く、あわれみ深い方です。


怖い神だけならばアダムとエバが罪を犯した時にすぐに彼らを殺したと思います。

神のことばに逆らった者として。


しかし彼らを殺さず、生かし、救われる道を計画しました。



エジプトで430年間奴隷だったイスラエルの民を そこから救い出したのも、40年間荒野での生活を支えたのも、いつも彼らを赦したのも、彼らをカナンの地に導き入れて下さったのも主でした。


滅ぼされるような行動を常にした民に対して、怒りを抑えて、捨てず、滅ぼさず、導いて下さったのは、彼らに対する主の愛とあわれみがあったからです。


【詩篇145編8-9節】

主は情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵みに富んでおられます。

主はすべてのものにいつくしみ深く、そのあわれみは、造られたすべてのものの上にあります。

そして主の愛とあわれみが一番現れた所は、イエス様の十字架です。

私たちを愛して救うためにひとり子イエス様さえも惜しまず差し出したのも神です。


十字架を見上げる度に、いつも主の愛とあわれみを感じています。



主のおかげで今の私がいると感謝しています。

それがないなら滅びしかありません。


私たちが福音を伝えることは、十字架にある神の愛と憐れみと赦しを伝えることです。


残念なことは神の愛とあわれみを受けていながらも、気付いていない人があまりにも多いことです。

どんなに神が悲しむでしょうか。



次の箇所で神はこのように言っています。


【マラキ書1章2節】

「わたしはあなたがたを愛している」

このように語りかけると、民から出たことばは次の通りでした。


「どのように、あなたが私たちを愛されたのですか」

私たちが救われたのも神の愛とあわれみがあったからです。



すべての記憶がなくなることがあっても、主の愛と主のあわれみを忘れてはいけないと思います。


主の愛とあわれみは尽きることがなく、今 私たちに注がれています。


それを感じながら生きる人が幸せな人です。


2019.2.17
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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