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シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

不信仰

力を抜く信仰生活



テーマは「 力を抜く信仰生活 」です


◎基調聖句 第一テモテ6:11~12

しかし、神の人よ。あなたはこれらのことを避け、正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めなさい。信仰の戦いを勇敢に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたはこのために召され、また多くの証人たちの前で立派な告白をしました。

【 要 旨 】

生きた信仰と死んだ信仰があります。

生きた信仰は霊的戦い、罪との戦い、自分自身との戦いで勝利します。


信仰の戦いで勝利するためには力を抜く信仰生活が必要です。

力を入れないと勝利出来ないのではなく、力を抜かないと勝利出来ないです。


オリンピックでメダルを取った選手たちは全身から要らない力を抜いて柔軟な体で競技に臨みます。

すると緊張がほぐれ試合を有利に運びます。


負けた選手は反対に力が入りすぎて体が硬くなって思うように試合が出来ないです。

体に余計な力が入ると体が硬くなり、多くのミスをして競技に負けますし、怪我をすることもあります。


信仰生活でも力を抜かなければならないです。


神は不信仰な者たちに「うなじのこわい者」「心のかたくなな者」と言われました。


信仰の力ではなく肉の力が充満であることが想像出来ます。

高慢で頑固で不従順で疑い深い姿が見えます。


その姿で信仰の戦いが出来ますか。

肉の力が邪魔して勝利することが出来ません。


パリサイ人や祭司たちは宗教指導者でありながら、信仰の戦いに勝利出来なかった理由はやはり肉の力が強かったからです。


見せるための偽善と形式、虚栄心、権威主義などが入りすぎたから死んだ信仰になりました。


信仰の戦いで勝利するためには別のものが必要です。


要らない力は抜いて、戦うために必要な力を入れることです。

それが本文にもあるように、正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和、真実、謙遜などが入る時にそれが大きな霊的パワーになって信仰の戦いで勝利することが出来ます。


肉の力では戦いに敗北しますが、霊の力では戦いで勝利します。


2018.7.29
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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最後まで主に従って歩むために



テーマは「 最後まで主に従って歩むために 」です


【ヘブル3章7-15節】

ですから、聖霊が言われるとおりです。「きょう、もし御声を聞くならば、

荒野での試みの日に御怒りを引き起こしたときのように、心をかたくなにしてはならない。

あなたがたの父祖たちは、そこでわたしを試みて証拠を求め、四十年の間、わたしのわざを見た。

だから、わたしはその時代を憤って言った。彼らは常に心が迷い、わたしの道を悟らなかった。

わたしは、怒りをもって誓ったように、決して彼らをわたしの安息に入らせない。」

兄弟たち。あなたがたの中では、だれも悪い不信仰の心になって生きる神から離れる者がないように気をつけなさい。

「きょう」と言われている間に、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされてかたくなにならないようにしなさい。

もし最初の確信を終わりまでしっかり保ちさえすれば、私たちは、キリストにあずかる者となるのです。

「きょう、もし御声を聞くならば、御怒りを引き起こしたときのように、心をかたくなにしてはならない。」と言われているからです。

どんなに素晴らしい恵みを受け信仰生活を始めたとしても 天国に入れないないならば、それは悲惨な結末です。


乳と蜜が流れるカナンの地に向けて喜びと期待をもって出発したイスラエルの民でしたが、ほとんどの人はカナンの地に入ることなく荒野で亡くなりました。

神に力がなかったのではなく、民に問題がありました。


これは今も私たちに当てはまるので、彼らの姿の何が問題であったかをよく学ばないと、最後まで主に従って歩み、天国に入ることは難しくなります。


最後まで主に従って歩むために注意すべき点は何でしょうか?




主のことばに対して反抗的になったり、疑ったり、心をかたくなにしてはならない



自分の思いや欲が強いと主のことばと衝突します。

受け入れられず反抗的になります。




神のわざや神の忍耐を試みてはならない



それによって主の御怒りを引き起こしてはならないです。




悪い思いがあると心が迷い、主に信頼出来なくなります





罪に惑わされないように、神から離れないこと



親から離れた子は必ず迷子になって危険な目に会います。


悪い者にさらされることも多いです。




最後まで信仰を守り通すこと



様々な理由で信仰をないがしろにする人が多いです。

そして不信仰になる人も多いです。


まことのいのちを手放すほど重要なことは何でしょうか?


そして真のいのちより価値あるものは何でしょうか?


2018.6.3
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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価値ある人生



テーマは「 価値ある人生 」です


◎基調聖句 エペソ人への手紙 5章15~21節

◎関連聖句 Ⅰペテロ1:24、ヤコブ4:14~15

いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。 キリストを恐れ尊んで、互いに従いなさい。(エペソ5:20~21)

【 要 旨 】

人間は時間の中で生きている。

人生は一度きりであるから、限られた人生の中で真剣に、意味ある、価値のある正しい生き方をしなければならない。

神はそう教えている。


Ⅰペテロ1:24で

人はみな草のようで、その栄は、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。
と書かれている。


またヤコブ4:14~15には

あなたがたは、明日のことはわからないのです。あなたがたのいのちは、いったいどのようなものですか。あなたがたは、しばらくの間現れて、それから消えてしまう霧にすぎません。むしろ、あなたがたは、こう言うべきです。主の御心ならば、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。

私たちは、サタンに惑わされ、偽りの中に生きているから、霊的に生きていない。

すなわち、闇の中を不信仰に生きている人が多い。


主の御心は、光のうちに生きなさいということである。

御心を行う力は、聖霊による神からの力で満たされる。


心を尽くし、思いを尽くして、神を愛していると、神の喜ぶ生活をすることができる。


そうすると機会を十分に用いて、光を放つ者となり、価値ある人生としていただける。


助けて下さい、主よ。賢い人にして下さい。神を知った以上は、価値ある人生にして下さい。

今が恵みの時です。今年こそ、まことの新しい人にして下さい。


2018.1.28
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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信仰の人と不信仰の人



テーマは「 信仰の人と不信仰の人 」です


◎基調聖句 マタイの福音書 9章18~34節

◎関連聖句 マタイの福音書 9章13節

この人たちが出て行くと、見よ、悪霊につかれて口のきけない人が、みもとに連れて来られた。 悪霊が追い出されると、その人はものを言った。群衆は驚いて、「こんなことは、イスラエルでいまだかつて見たことがない」と言った。 しかし、パリサイ人たちは、「彼は悪霊どものかしらを使って、悪霊どもを追い出しているのだ」と言った。(マタイ9:32~34)

【 要 旨 】

イエスは山上の垂訓のあと、カペナウム、ガリラヤあたりで多くの奇跡やいやしを行った。

そのことがマタイの9章に書かれている。


いやされた人は、その人の信仰によるとイエスは言われた。

しかし彼らは信仰を持っていてイエスの所に来たのではなく、自分の力では、どうしようもない可哀想な人であった。


何不自由のない人は、神の不必要な人々であり、そのような人には神の奇跡は起こらない。


神のみが頼りの人、すなわち持っている物をすべて捧げて、神のみを信じる人には、神の助けがあり、信仰を得て永遠の命に入ることができる。

人生の荒野を通る者は、金と権力には左右されないで、神からの奇跡が体験できる。


これに対して、目の前にイエスがいても信じない人がいる。


律法学者やパリサイ人がその類である。

彼らは自分の思いだけ、すなわち、宗教は信じるが、神は信じていない人たちである。


マタイ9:3には

律法学者たちは心の中で、この人たちは神を汚している
と言ったと記されている。


素直になれない人は、不信仰の人になることを如実に示している。

また、パウロもイエスに会うまでは、自分自身の知識を力にしていた。


人間は失敗する動物である。

しかし、それが駄目だとは決まらない。


自分で解決できない時は、まず神の前に出て、助けて下さいと言えばよい。


不信仰を手放さないと、神の恵み、すなわち、成功は覚束ない。

これが真理である。

2017.7.9
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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