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シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

使徒の働き

主に仕える



テーマは「 主に仕える 」です


【使徒の働き20章19-21節】

私は謙遜の限りを尽くし、涙をもって、またユダヤ人の陰謀によりわが身にふりかかる数々の試練の中で、主に仕えました。

益になることは、少しもためらわず、あなたがたに知らせました。人々の前でも、家々でも、あなたがたを教え、

ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰とをはっきりと主張したのです。

神によって召された者、選ばれた者はその召しにふさわしく歩まなければなりません。

それは召して下さった神に答えるためであり、また つまずかないためです。



神に召した者たちを見ると優れた者はいないです。

イエス様の十二弟子を見ても、すぐれた者は一人もいませんでした。

ある意味 問題ある人、無学な者、気質の激しい人ばかりでした。


パウロも教会を迫害したので本来 選ばれるはずのない人でした。

そんな人たちを変えて使おうとしたのでしょうか。



人は変わるでしょうか?

変わらないです。


人を変えようとするのは愚かなことです。



悔い改め、信仰を持ったから その人が変わりますか?

その人自身、すなわち その人の気質は変わらないです。


ただ悔い改めによってその人の生き方と人生の目標が変わります。



神は、人の気質を変えて使うのではなく、その人に目標と使命を与えて、生き方を変えます。



バラがユリにはならないし、ユリがバラになることがないのと同じです。


人は神に出会い、神が与えて下さった目標がある時に、それに従おうと生き方を変えます。

信仰のない者が信仰を持つことで変化が起こります。



パウロは律法をよく守っていましたが、イエス様に敵対し教会を迫害しました。

自分のこと振り返ってこのように言いました。


【第1テモテ1章12-13節】

私は、私を強くしてくださる私たちの主キリスト・イエスに感謝をささげています。なぜなら、キリストは、私をこの務めに任命して、私を忠実な者と認めてくださったからです。

私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者でした。それでも、信じていないときに知らないでしたことなので、あわれみを受けたのです。


パウロは神の選びにふさわしく生きたロールモデルです。


自分はそれにふさわしくないと逃げる者とは全然違います。

神は、ペテロはペテロらしく、パウロはパウロらしく、ヨハネはヨハネらしく使いました。



福音の内容、福音を伝える彼らの態度、熱心に取り組む姿は同じでした。

しかし 彼らは彼ららしく働き、使命を果たしました。


私たちも自分らしく用いて下さいます。


ですから誰かと比較する必要がなく、召しにふさわしく生きることが一番です。


2020.10.25
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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メシヤの救いとさばき



テーマは「 メシヤの救いとさばき 」です


【使徒の働き2章15-21節】

今は朝の九時ですから、あなたがたの思っているようにこの人たちは酔っているのではありません。

これは、預言者ヨエルによって語られた事です。

『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。

その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。

また、わたしは、上は天に不思議なわざを示し、下は地にしるしを示す。それは、血と火と立ち上る煙である。

主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。

しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。』

旧約聖書のすべての預言の焦点はイエス・キリストです。

ヨエル預言者が語った預言もイエス・キリストです。


イエス・キリストの救いの知らせが預言の中心であり、それが福音です。

キリストは天に帰る前に聖霊が下ることを語り、それを待つように弟子たちに言われました。



五旬節の日に聖霊が激しく彼らに下り、集まっていた百二十人ほどの人たちが聖霊に満たされ、初めて異言で語り出しました。


彼らはそれによって主が語った聖霊のバプテスマを受けました。


その様子を見た人々の反応も二つでした。

驚いて見る人とぶどう酒に酔っていると嘲る人たちがいました。


このような反応は主の再臨の時まで現れると思います。



聖霊が私たちの上に臨むと私たちは力を受けます。

夢を見、幻を見、預言を語ります。


聖霊は夢を通して幻を通して、預言を通して神の大きなみわざを教え、救いの真理を悟るようにします。


聖霊の力なしに正しく真理を悟ることは出来ないです。

聖霊が下った目的は魂の救いです。



聖霊が下ったことによって救いという神からの霊的祝福が全世界に臨みました。


ユダヤ人だけではなく、全世界の人々を救いたいのが神の目的であり、願いです。


【第1テモテ2章4節】

神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。

メシヤの再臨の前には最後の収穫の時があります。



地上ではありえないほどの災難があります。

その時に主の御名を呼ぶ者たちは救われ、神の栄光を見ますが、救いを拒んだ闇の子らには滅亡の日になるので恐ろしい日になります。


私たちにとって主の救い以上に大切なものがあるでしょうか。


2020.8.16
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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御使いの顔のように見えた



テーマは「 御使いの顔のように見えた 」です


【使徒の働き6章14-15節】

『あのナザレ人イエスはこの聖なる所をこわし、モーセが私たちに伝えた慣例を変えてしまう』と彼が言うのを、私たちは聞きました。」

議会で席に着いていた人々はみな、ステパノに目を注いだ。すると彼の顔は御使いの顔のように見えた。

初代教会の執事であったステパノは御霊と知恵に満ち、評判の良い人として選ばれました。


また彼は聖霊によって語るので、多くの人が感動を受け、信仰の道に入りました。



しかし人々が救われることを妬む者たちがいました。

イエス様を十字架につけた宗教指導者たちでした。


彼らは以前(イエス様)と同じやり方で、ステパノを捕らえて議会に立たせ、偽りのことばで彼を責めました。

ステパノにとっては とんでもないことで、主のように死刑になる可能性が高いと思っていたでしょう。



しかしその場にいるステパノの顔は御使いの顔のように見えました。


普通ならば、顔に不安と死への恐れが現れるのに、御使いの顔のように見えたことで、多分人々はびっくりしたと思います。


ステパノの顔がなぜ御使いの顔のように見えたでしょうか。

みことば充満であったからです。



いのちと真理のことばに根を下ろして生きる人は、みことばに対する確信が強いので、どんな状況に置かれても揺れ動かないです。


神の約束も天国も信じるので、迫害も死も恐れないです。

むしろ神の元に行きたいと願います。


聖霊充満であったので、御使いの顔のように見えました。



聖霊に満たされた人は自我に死んだ人です。

ですから聖霊充満になると、主が与える平安と霊的喜びで心が満たされます。


心にあるものが顔にも映るので御使いの顔のように見えたと思います。

全き平安な顔だったと思います。



聖霊に満たされると心が平安になります。

そして霊的喜びがあるので、その顔がとても平安な顔になります。


いつも眉間にしわを寄せて怒ったかのような顔は 怖い顔に見えるので、人々が寄り付かないです。

年配の男性に多いですね。

小さいことにもすぐキレることも多いです。



穏やかな顔をしている人たちからは品性を感じます。

ステパノの顔はとても穏やかで、平安に満ちていたと思います。


日々聖霊との交わりから生まれる慰め、平安、喜び、信仰の訓練から生まれたものが顔に現われました。


愛充満であるから顔が御使いの顔のように見えました。

神を深く愛する人は神以外の誰をも恐れません。



愛の心があるから、自分を迫害する人たちに対しても憎しみや怒りがなく、愛の目で見ているから、人々の目には御使いの顔のように見えました。


愛のある人の顔が悪魔のように見えることはありえないです。

憎しみや怒りに満たされているならば、その顔は悪魔の顔に見えると思います。


昔から恋すると顔が変わると言われます。

愛があるから良い顔に変わりますね。



みことば、聖霊、愛によって内側だけでなく、顔までも変わることをステパノが証明しました。

どんな顔になりたいですか。


2020.5.31
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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予期しない災難



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【使徒の働き1章9-11節】

こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。

イエスが上って行かれるとき、弟子たちは天を見つめていた。すると、見よ、白い衣を着た人がふたり、彼らのそばに立っていた。

そして、こう言った。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」

死からよみがえった主にお会い出来たことで弟子たちは大喜びでした。


しかし雲に包まれて天に上っていく姿を見た弟子たちは、今度は心が辛くなったと思います。

会えなくなるからです。


その時に、再び主が来られることが告げられました。

それは弟子たちに大きな希望を与えることばでした。


主の再臨。
必ずあります。


主の再臨は聖徒たちを救うためと世を滅ぼすためです。




主の再臨と前兆




【マタイの福音書24章27-31節】

人の子の来るのは、いなずまが東から出て、西にひらめくように、ちょうどそのように来るのです。

死体のある所には、はげたかが集まります。

だが、これらの日の苦難に続いてすぐに、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。

そのとき、人の子のしるしが天に現れます。すると、地上のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。

人の子は大きなラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選びの民を集めます。



再臨の時期




【第1テサロニケ5章2-3節】

主の日が夜中の盗人のように来るということは、あなたがた自身がよく承知しているからです。

人々が「平和だ。安全だ」と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので、それをのがれることは決してできません。



再臨を準備する態度




【第1テサロニケ5章6-8節】

ですから、ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして、慎み深くしていましょう。>

眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔うからです。

しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととしてかぶって、慎み深くしていましょう。

主の再臨の日に、主イエス・キリストにあって救いを得る者になりたいです。


2019.2.24
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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主のみこころのままに



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◎基調聖句 使徒の働き16:6~7

それから彼らは、アジヤでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤの地方を通った。こうしてムシヤに面した所に来た時、ビテニヤのほうに行こうとしたが、イェスの御霊がそれをお許しにならなかった。

【 要 旨 】

宣教の主導権は聖霊が握ってあります。

宣教したいと願って宣教師になった人も多いし、そして準備する人も多いと思いますが、その時に自分が行きたい所に行って宣教するのか、聖霊の導きを受けて出かけるのかがとても重要です。


神の働きですので、宣教地も時期も聖霊の導きを受けなければなりません。


パウロは自分が宣教したいアジヤに行こうとしました。

しかし聖霊によって止められました。


ですからそこには行かず別の所に向かいました。

しかしそこでも聖霊によって止められました。


戸惑ったと思います。

そこで聖霊の指示を待つことにしました。


そして聖霊は幻を彼に見せて、マケドニアに行くようにはっきり示されました。

神は働きそのものよりも、神のみこころに従って働くしもべを願っています。


神には計画がありますので、その計画も聞かず、出て行くと自分勝手な働きになってしまいます。

聖霊を見失って人間の力だけで働くことになります。


主の働きをする人はそれが宣教であっても、他の奉仕であっても、みこころを求め、それに従うことが忠実なしもべであり、主が求めておられる姿です。


「主よ。どうしますか」と聞く姿勢が必要です。


2018.8.26
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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