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シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

ルカの福音書

涙と血の祈り



テーマは「 涙と血の祈り 」です


【ルカの福音書22章41-44節】

そしてご自分は、弟子たちから石を投げて届くほどの所に離れて、ひざまずいて、こう祈られた。

「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」

すると、御使いが天からイエスに現れて、イエスを力づけた。

イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。


十字架を前にしてゲッセマネの園で祈ったイエス様の祈りは「主の祈り」と共に模範的な祈りとして私たちが学ばないといけないです。


私たちは自分の願いが叶えられてほしいので祈りをささげます。



しかし主は自分のために祈りをしたのではなく、神のみこころを行うために汗が血のしずくになるまで祈りました。

口先の祈りではなく、心を尽くした祈りであったので そのようになりました。


十字架の苦難が人類の罪を贖うための苦難であるから、そこには人間的なひどい苦痛が伴うことも知っていました。



主はそのような苦悩と悩みの中でも 決して十字架を避けようとせずに、父のみこころ通りになることを願いました。

絶対的な従順と犠牲の姿勢がそこにありました。



私たちならば どうするでしょうか。


十字架を負わないための祈りをしていると思います。

受難と死を受けたくない思いで必死に祈ると思います。



主は自らを犠牲のいけにえとしてささげました。

それによって救いの道が完成しました。


私たちが今 救われているのは、主がそのように祈って十字架を負ったからです。


救いを受けた私たちは絶えず来る誘惑に陥らないためにも、主のように心を尽くす祈りが必要です。



欲しいものばかり求める祈りでは、誘惑に勝つことも 十字架を負うことも 従順することも無理です。


今年は祈りも主が喜ぶ祈りに変えましょう。

そうすれば主からの答えも早いと思います。


2021.2.7
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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主を切に待ち望んだ人



テーマは「 主を切に待ち望んだ人 」です


【ルカの福音書2章25-35節】

そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルの慰められることを待ち望んでいた。聖霊が彼の上にとどまっておられた。

また、主のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げを受けていた。

彼が御霊に感じて宮に入ると、幼子イエスを連れた両親が、その子のために律法の慣習を守るために、入って来た。

すると、シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。

「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。

私の目があなたの御救いを見たからです。

御救いはあなたが万民の前に備えられたもので、

異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの光栄です。」

父と母は、幼子についていろいろ語られる事に驚いた。

また、シメオンは両親を祝福し、母マリヤに言った。「ご覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人が倒れ、また、立ち上がるために定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。

剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。それは多くの人の心の思いが現れるためです。」


切にメシアを待ち望んだ人が メシアであるイエス様に会いました。


シメオンという人は正しく敬虔な人で、メシアが来られることを長く待ち望んでいました。

聖霊が彼とともにいました。



旧約時代は聖霊が共にいることは とても珍しいことでした。


祭司でも預言者でも律法学者でもない平凡な人でしたが、神は彼に注目し、一つの預言を与えました。


「主のキリストを見るまでは決して死を見ることはない。」


その時からシメオンはメシアを見るために生きた人でした。

他のことはある意味どうでも良かったです。



後に彼が幼子イエスに会った時、聖霊によって幼子イエスがメシアであることを知ったので、彼は喜びながら幼子を腕に抱き、神をほめたたえました。


そして、このように告白しました。


「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たからです。御救いはあなたが万民の前に備えられたもので、異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの光栄です。」


神だけを見て生きた人が神の救いを見ます。

そして神のみこころを知り、それに従って歩みます。


シメオンはメシアに会ったので、今すぐにこの世を去っても良いと主に語りました。



主の再臨を待ち望んでいる私たちにも、シメオンのような本気さがあるでしょうか。


「わたしはすぐに来る」と言われた主のことばに対して「主イエスよ。来て下さい。」と本気で言う者になりましょう。


2020.12.20
クリスマス礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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信仰を妨害するもの



テーマは「 信仰を妨害するもの 」です


【ルカの福音書14章16-24節】

するとイエスはこう言われた。「ある人が盛大な宴会を催し、大ぜいの人を招いた。

宴会の時刻になったのでしもべをやり、招いておいた人々に、『さあ、おいでください。もうすっかり、用意ができましたから』と言わせた。

ところが、みな同じように断り始めた。最初の人はこう言った。『畑を買ったので、どうしても見に出かけなければなりません。すみませんが、お断りさせていただきます。』

もうひとりはこう言った。『五くびきの牛を買ったので、それをためしに行くところです。すみませんが、お断りさせていただきます。』

また、別の人はこう言った。『結婚したので、行くことができません。』

しもべは帰って、このことを主人に報告した。すると、おこった主人は、そのしもべに言った。『急いで町の大通りや路地に出て行って、貧しい者や、からだの不自由な者や、盲人や、足のなえた者たちをここに連れて来なさい。』

しもべは言った。『ご主人さま。仰せのとおりにいたしました。でも、まだ席があります。』

主人は言った。『街道や垣根のところに出かけて行って、この家がいっぱいになるように、無理にでも人々を連れて来なさい。

言っておくが、あの招待されていた人たちの中で、私の食事を味わう者は、ひとりもいないのです。』」

神によって人間には自由意志が与えられ、人間はそれで選択することが出来ます。


選択権で自由に選択出来ますが、神は私たちが正しい選択をすることを望んでいます。

誤った選択の結果は、すべて自分に降りかかります。



本文は例えですが、盛大な宴会を用意したのは神様です。

そして大勢の人を招きました。


盛大な宴会なのに招かれた人たちは、神の思いや宴会のことにはまったく関心がなく、みな断り始めました。


その理由はちっぽけな理由でした。

生死にかかわる理由は一つもありませんでした。



昔も今も人々は福音を聞いても、天国の話を聞いても同じ理由で断ります。

何を選択するかは彼らの自由意思に懸かってあります。



家の主人は良いものを用意して招待したのに、みんなが断ったことで怒りました。


招待された人たちの選択を皆さんはどう思いますか。

良い選択でしたか。


彼らは悪い選択をしました。



その結果は「主の食事を味わう者は一人もいません。」でした。

天国に入ることがないですね。


なぜ素直に受け入れることが出来なかったでしょうか?

色々な要素があったと思います。



彼らの高慢、ものに対する貪欲、世に対する快楽、不従順な心、迷い、世の心配、サタンの邪魔などがあるので、誤った選択、愚かな選択をして、取り返しのつかない失敗をします。

頭が良いから正しい選択をするのではないです。


神を恐れ、みことばを信じる人が正しい選択をします。


2020.9.20
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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香油の壺を割った女



テーマは「 香油の壺を割った女 」です


【ルカの福音書7章36-50節】

(37-38節)
すると、その町にひとりの罪深い女がいて、イエスがパリサイ人の家で食卓に着いておられることを知り、香油の入った石膏のつぼを持って来て、

泣きながら、イエスのうしろで御足のそばに立ち、涙で御足をぬらし始め、髪の毛でぬぐい、御足に口づけして、香油を塗った。

町の人々から 罪深い女と呼ばれ、敬遠されていた女性が、なぜイエス様の所に高い香油の壺を持って来て、その香油を惜しまずイエス様に注ぎ、髪の毛でぬぐう行為をしたでしょうか。


何があって、大切な香油を惜しまず主に捧げるようにさせたでしょうか。




主を愛したからです




香油を惜しまず主に注ぐ行為を見たパリサイ人たちは、女の行為を非難しました。

しかしイエス様は彼らを戒めました。


主を愛する心がないならば、自分の大切な財産でもある香油を注ぐことは出来ないからです。


特にイエスの御足に口づけして香油を塗ることは、愛なしに出来る行動ではないからです。




謙遜であったからです




彼女は自分が罪人である自覚を持っていました。

そのままの姿では主の前に立つことも出来ないから、主の後ろに立ち、泣きながら主の御足に口づけし、髪の毛でぬぐいました。


高慢なパリサイ人は自分を義人だと思っていて、主の前でも態度が高慢でした。

主に対して足を洗う水も足に口づけも、香油を塗ることをしませんでした。


しかし女は主の前にへりくだり頭を上げることもしませんでした。




主を愛した女を主は祝福しました




愛から出た彼女の行為、信仰から出た美しい行動に、主は罪の赦しである救いと祝福を与えました。


私たちが持ってある香油の入った壺は何でしょうか?


それを主のために惜しまず注ぐことが出来るでしょうか。


2018.11.18
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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泣かなくてよい、起きなさい



テーマは「 泣かなくてよい、起きなさい 」です


◎基調聖句 ルカの福音書7:11~17

それから間もなく、イエスはナインという町に行かれた。弟子たちと大ぜいの人の群れがいっしょに行った。

イエスが町の門に近づかれると、やもめとなった母親のひとり息子が、死んでかつぎ出されたところであった。町の人たちが大ぜいその母親につき添っていた。

主はその母親を見てかわいそうに思い、「泣かなくてもよい」と言われた。

そして近寄って棺に手をかけられると、かついでいた人たちが立ち止まったので、「青年よ。あなたに言う、起きなさい」と言われた。

すると、その死人が起き上がって、ものを言い始めたので、イエスは彼を母親に返された。

人々は恐れを抱き、「大預言者が私たちのうちに現れた」とか、「神がその民を顧みてくださった」などと言って、神をあがめた。

イエスについてこの話がユダヤ全土と周りの地方一帯に広まった。

【 要 旨 】

やもめの息子の葬式をたまたま見た主は泣いている母親をかわいそうに思い「「泣かなくてよい」と言われました。泣いても、泣いても涙が止まらないぐらいにその母親の心は悲しみでいっぱいだったと思います。


息子が彼女の希望だったのに、若くして死にましたから本当に悲しんでいました。

「泣かなくてよい」と主が語ったのは、彼女を助けようとしたからです。


そして棺に手をかけられると、「青年よ。あなたに言う、起きなさい」と言われました。

するとその死人は起き上がって、ものを言い始めました。

死人がよみがえりました。


イェス様にはいのちがあります。

ですから死人を生きかえらせることが出来ます。

そして主ご自身も十字架の死の後に復活しました。



信じる者が死ぬと、主の再臨の時に「起きなさい」と言うことばと共に死からよみがえります。

復活のいのちが与えられます。


そして主は病んでいる者にも言われます。

「起きなさい」38年間も病にかかっていた人を癒した時も「起きて」と言われました。


絶望やあきらめの中にいる、病気で落胆している人に主は言われます。

「起きなさい」その声を聞いて起きるならば癒されます。

そして主は眠っている者に対して「起きなさい」と言われます。



今は眠っている時ではなく、眠りから目を覚まして、起きなければならない時です。

主が戸口に立っておられます。


主の声を聞いて戸を開ける人は幸いな人です。

しかし呼んでいるのに、起き上がることが出来ない人は、主を見失ってしまいます。


目を覚まして起きて用意している人を主は捜しています。

「いつまで寝ているのか」と主が心配しています。目を覚まして起きましょう。


2018.10.14
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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