テーマは「 祈りは何か 」です


◎基調聖句 マタイの福音書6:5~8

また、祈るときには、偽善者たちのようであってはいけません。彼らは、人に見られたくて会堂や通りの四つ角に立って祈るのが好きだからです。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。

あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。

また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただ繰り返してはいけません。彼らはことば数が多ければ聞かれると思っているのです。

だから、彼らのまねをしてはいけません。あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。

【 要 旨 】

祈りはクリスチャンの特権です。

祈りなしで信仰生活を維持することは出来ないです。


祈りは生命のために呼吸するのと同じです。

呼吸しない人は死んでいます。


祈りがないならそれも危ないです。

祈りは何かを学びます。




祈りは神との会話です



神は生きておられ、人格のある方です。

ですから神との交わりも会話も必要です。


会話なので神のことばや意見も聞き、自分の意見も願いも神様に伝えます。

ある人は自分の意見だけを神に強要しますが、祈りは自分の意見だけを強要するのではなく、神のみこころや神が何を願うのかも聞くことです。




祈りは交わりです



人間同士でも会話をするためには交わりが必要です。

交わりがないと会話も成立しないです。


神との交わりのためには神に近づかなければなりません。

悔い改めて神に立ち返り、神の中に生きる時に交わりが出来、そこで様々な会話が生まれます。


祈りは聖なる方との交わりです。


神と交わりのない人が神の中にいるというのは成立しないことです。




祈りは従順です



祈りは私たちが自分の事情を神に話すと神はその祈りを聞いて反応します。

様々な願いをもって神に祈る時があります。


その時、自分の願い通りではなく、神のみこころがなることを祈ることです。

イェス様が十字架を前にして祈ったように、神のみこころに従順することです。


祈りは人間の権利ではなく、義務として信じる者に与えられてあります。


2018.9.2
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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