テーマは「 聖徒が十字架につけたもの 」です


◎基調聖句 ガラテヤ人への手紙 2章20節

◎関連聖句 ローマ6:6、ガラテヤ5:24、ガラテヤ6:12-14、 Ⅰペテロ2:24

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。(ガラテヤ2:20)

【 要 旨 】

私たちは聖書で生かされているのであるから、聖書をいつも確認する必要がある。

神は、喜ばれないことを言う人を、悔い改めさせるために、厳しく指弾した。


霊的訓練をどれだけ受けても、古い人の姿、すなわち罪は残っている。

神に喜ばれないと自分で気づくのは難しいからである。

自我の強いわがままな自分を、信仰によって大胆に十字架につけるより外はない。


パウロは、以前はプライドを持って、自分が自分を評価していたが、主がキリストに変わった時、以前の私は完全に死んだと告白している。


人はパンのみで生きるのではない。


子供は悪いことは自然に学ぶが、良いことは教えないと出来ないものである。

肉体は神には従えないからである。

私たちの日々の生活は御言葉によらないと神に従う霊的な境地に達しない。


ガラテヤ5:24には、

キリスト・イエスにつく者は、自分の肉をさまざまの情欲や欲望と共に、十字架につけてしまったのです。
と書かれている。


またへブル11:6には

信仰がなければ、神を喜ばせることはできません。
と述べられている。


自分の中にある誘惑を放っておくと罪が増す。
私たちは霊的戦いに勝たねばならない。


ガラテヤ6:12-14には

私たちは主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。
と戒めている。


また、Ⅰペテロ2:24では

それは私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。
と説いている。


罪は私たちを殺すものである。

神の恵みによって、イエス・キリストを前面に押し出し、新しくなった人の姿こそ、毎日御霊の立場に立つ人、神に喜ばれる聖徒の姿である。

2015.8.16
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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