テーマは「 もし愛がないならば 」です
◎基調聖句 コリント人への手紙第一 13章1~3節
◎関連聖句 コリント人への手紙第一 12章31節
たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。 また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。 また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。(Ⅰコリント13:1~3)
【 要 旨 】
キリスト教の教理の中心は十字架です。
それは、愛なしには存在しえないものです。
愛があるか否かは本人だけしか分かりません。
問題なのは、愛に対して、自分もそうなりたいという思いが少ないことにあります。
愛という心よりも、形あるものを求める気持ちが、大きいからです。
愛がなければ、自分には何の値打もないと思うべきです。
パリサイ人のようであってはいけません。
イエス様の愛は、神の栄光のための愛です。
それに反してイスカリオテ・ユダは、守銭奴であるため、人をねたみ、また、自分中心の愛の中にふけっているのです。
それは神の愛が、自分にどう反映されているかを、考えないためでもあります。
神の中の愛がなく、高慢になっていないかどうか、今一度、神に似たような者にして下さるよう祈らねばなりません。
私たちはイエス様がなさったように、愛の中を歩まねばなりませんが、それは自分を愛するように隣人も愛するという心がけが大切です。
孤独で孤立していたのでは、神様に喜んでもらえません。
それを直すためには、神の命令を守り、神に近づくという行動をとることです。
愛ある者は、愛で行動します。
神の存在に気付くこと、友のために命を捨てること、そのことに私たちは最大限の関心を持ちたいものです。
2016.4.10
聖日礼拝メッセージ
シャローム松山教会
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八戸ノ里キリスト教会の礼拝メッセージです
からし種の信仰と成長
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