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シャローム松山教会の礼拝メッセージをまとめました。 たくさんの恵みを受けてください!

主は私を守る牧者



テーマは「 主は私を守る牧者 」です


【詩篇23編1-6節】

主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。

主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。

主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。

たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。

まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。


神の恵みと守り、助けを体験した人ならば詩篇23編は心から共感出来ます。


それだけでなく、日々の信仰告白として、またこれからの人生においても不安と恐れを取り除いてくれることばです。

私自身がそれを実感しています。


私たちと主の関係は言うまでもなく「羊飼い」と「羊」です。



【詩篇100編3節】

知れ。主こそ神。主が、私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である。


主は私たちを世話し、守るために自ら羊飼いになって下さいました。

ですから選ばれた羊たちは幸いな者たちです。



【イザヤ書40章11節】

主は羊飼いのように、その群れを飼い、御腕に子羊を引き寄せ、ふところに抱き、乳を飲ませる羊を優しく導く。


どれほど主は羊たちを愛し、守っておられるでしょうか。



【ヨハネの福音書10章11-14節】

わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。

牧者でなく、また、羊の所有者でない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして、逃げて行きます。それで、狼は羊を奪い、また散らすのです。

それは、彼が雇い人であって、羊のことを心にかけていないからです。

わたしは良い牧者です。わたしはわたしのものを知っています。また、わたしのものは、わたしを知っています。


永遠に変わらない良い牧者である主について行く羊を、主はいつも守って下さることを信じましょう。


辛い時も悲しい時も主はそばにいて下さいます。

置き去りにすることがないです。


2022.6.26
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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よみがえりを信じるのか



テーマは「 よみがえりを信じるのか 」です


【ヨハネの福音書11章17-26節】

それで、イエスがおいでになってみると、ラザロは墓の中に入れられて四日もたっていた。

ベタニヤはエルサレムに近く、三キロメートルほど離れた所にあった。

大ぜいのユダヤ人がマルタとマリヤのところに来ていた。その兄弟のことについて慰めるためであった。

マルタは、イエスが来られたと聞いて迎えに行った。マリヤは家ですわっていた。

マルタはイエスに向かって言った。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。

今でも私は知っております。あなたが神にお求めになることは何でも、神はあなたにお与えになります。」

イエスは彼女に言われた。「あなたの兄弟はよみがえります。」

マルタはイエスに言った。「私は、終わりの日のよみがえりの時に、彼がよみがえることを知っております。」

イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。

また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」


死を避けることが出来る人は一人もいません。

ですから人々は死を恐れるし、死を考えることも避けます。


日本では「4」と言う数字も嫌がります。

死と発音が同じなので、縁起が悪いと思っています。



しかしイエス様を信じて救われた人たちはどうでしょうか。


死に対する思いが、信じる前と信じた後に変わったでしょうか?


当然変わらないといけないです。

主は最初から死と復活のいのちのことを語って下さいました。


信じる者にとって 死は終わりではないと語って下さいました。



ラザロが死んだことで家族や親族は悲しんでいました。

死んで四日も経った時に、主が見えたので みんなは残念がっていました。


主がいたならば死ななかったと思ったからです。

しかし、主はわざとそのようにしました。



どんなに死といのちのことを語っても、人々は常識の範囲でしか理解出来ませんでした。


主の願いは 死を意識しながらも、復活の信仰で生きることでした。


そのために復活が実際に起こることを見せる必要がありました。



主がマルタに、『あなたの兄弟はよみがえります。』と言った時に『私は、終わりの日のよみがえりの時に、彼がよみがえることを知っております。』

その答えは間違えてはいないですが、足りない答えでした。


それで主は完璧な答えを出しました。


【ヨハネの福音書11章25-26節】

「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。

また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」


信じる者の中では聖霊の力が働くから復活が起こります。


主の中にある同じ聖霊が、信じる者の中にもいるので、その力によってよみがえりが起こります。


【ローマ8章11節】

もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。


信じる者の中にはいのちの御霊が宿っておられます。

復活の力で生きるためには復活の信仰を求めることです。


復活の信仰があるならば、苦しみや嘆き、のろいや闇が消えて、反対に生きる力と喜びと希望が出てきます。



どんなに辛いことがあっても復活の信仰がある人は決して絶望しません。

復活の日を待ち望みます。


2022.6.19
聖日礼拝メッセージ

シャローム松山教会


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